2006年11月16日

亡き友の遺書

 銀杏の葉が鮮やかに色付く頃。
友人の1人が逝った。
どうして死んだのか、その理由はよく分からない。
ただ随分と突然なものだった。
事故とも自殺とも噂だけは流れたが、結局確認は出来ずじまいにいるうちに1年が過ぎ去った。

 その友人と会ったのは、高校入試の時だった。
ピリピリと張りつめた受験特有の雰囲気の中で、初めて受ける試験に緊張しながらも午前に3科目、午後に2科目の問題を次々と解いていく。
ちょうど昼休みの時だった。
出かけにコンビニで買った栄養ドリンクとサンドイッチを頬張り、片手間に英語の単語帳を開いているとき、不意に前に座っていた彼が私に声を掛けてきた。
「君さ、1人で受けに来たの?」
私は戸惑いながら無言で頷いた。
「そうか。僕もそうなんだ」
その時になって初めて気がついた。
同じ中学から一緒に受けに来ている他の受験生は、固まって食事を取っていることに。
1人で食事をしている受験生は私と彼の2人だけのようだった。
「まぁ試験頑張って。邪魔したね」
彼は私が開いたままの単語帳に目をやると、そう言い残して席に戻った。
私があっけにとられていると鐘が鳴り響き、昼休みは終了した。


 試験から2週間が過ぎ、私は合格通知を手にしていた。
 入学式前のガイダンスの為に、受験番号順に教室に押し込まれた初の登校日。
私の前に机には、あの日と同じように彼の後ろ姿があった。
「やぁ」
そう、彼は私を見るといつも「やぁ」と挨拶し、別れるときには「じゃあまた」と言って右手を挙げる習慣があった。朝でも、昼でも、夜でも彼の挨拶は「やぁ」だった。
そして彼はいつもと同じように、初めての挨拶をした。

 同じ中学から来た友達も居なかったので、私と彼はすぐに仲良くなった。
共にどちらかと言えば文化系で、文系の科目の方が得意と言うところも一緒だった。さらに通学で使うバスも同じで、自然に彼と共にいる時間が増えていった。

 学年が上がりクラス替えの時、私と彼は別々のクラスとなった。
彼と顔を合わせる時間こそ減ったが、登校のバスなどで、一週間のうち半分は顔を合わせていた。
 大学受験を控えた3年生の春のクラス替えで再び同じクラスになると、今度は休日も一緒に図書館で勉強するし、毎日顔を合わせることになった。

 高校受験の比じゃなかった。
我々は必死に勉強し、正月もないも同然のまま試験の日を迎えた。
試験が終わっての帰り道、彼が隣を歩いていた。
「出来の方はどうだった?」
―――うーん、まぁまぁってあたりかな…
「僕の方は………正直、かなり厳しいかもしれない」
―――……きっと大丈夫だよ
「ん……そうだね…」
試験から1週間後、大学のホームページ上に掲載された合格者一覧には間違いなく彼の番号があった。

 4月になり、大学の入学式が粛々と行われている。
彼がスーツ姿で式に参加している頃、私は大手の予備校の一教室にいた。
浪人生活は初めこそ勉強する気に満ちていたが、次第に惰性に引き込まれるように、授業をサボり近くの本屋で時間を潰すようになった。
幸か不幸か、駅前に大型書店がオープンしたのが運の尽き。
まるで図書館に通うかのように、読書スペースのある書店で時を過ごした。
 9月の半ば、不意に彼から連絡があった。
大学生活を満喫をしていた彼は、まさに輝ける青春を過ごす若者そのものだった。予備校近くのお好み焼き屋で夕食を共にしながら、彼は自分の大学生活について一頻り話すと、私の様子を訊ねた。
私が冗談交じりに勉強に身が入らないと応えると、彼は穏和な表情を消し、真剣な表情となり大声で怒鳴りつけた。
「一体お前は何をやっているんだ!」
一・に他の客が私たちの方を注目するが、彼は全くそんなことを気にする様子もない。
そして淡々と「今は受験にしっかりと取り組め」ということを言葉少なに語ると伝票を片手に席を立った。
 私は1人残されたテーブルで彼の言葉を噛みしめていた。

 やがて秋も深まり、程なく雪がちらつく頃合となる。
試験の前日、予備校の自習室の窓外では音もなく雪が降り続けていた。
暖房がよく効いた部屋で、目線を目の前の問題集に戻したとき、私は懐かしい声を聞いた。
「やぁ」
―――彼の姿がそこにあった。
「ちょっと近くまで来る用事があってね。・角だからちょっと寄ってみたが……」
9月のあの日以来のことだが、もう何年も会ってないような気がした。
この感じ……まるで初めて彼と会ったときのような唐突さを感じた。
「ああ、そうだ。差し入れを持ってきたんだ」
そう言って栄養ドリンクを箱ごと机の上に置くと、マジマジと私の顔を見つめ
「まぁ邪魔しても悪いから、もう行くわ」
と、言い残して背を向けた。
私は思わず席を立ち、彼を追いかけた。
短い廊下の先、エレベーターホールで、彼は淡々とエレベーターを待っていた。
何を彼に言うべきか、あの日の気まずさがまだ少し心に残っている。
―――差し入れ、ありがとう。
咄嗟に口をついて出た言葉にしては上出来だろうか?
チーンとベルが鳴り、エレベーターが到着すると、彼は私を待つことなく乗り込んだ。
「試験頑張れよ。先に大学で待ってる。じゃあ」
エレベーターの中と外、時間にすればほんの一瞬のこと。
彼は扉が閉じる中、いつもと同じように「じゃあ」の一言で最後を締めくくった。


 結論から言うと、私は彼と同じ第一志望の大学に行くことは出来なかった。
もう1年頑張れば、今度こそは受かるかもしれなかったが、家の事情がそれをゆるさなかった。
ついでに言えば私自身がもう一年浪人をすることを望まなかった。
結局、3月のギリギリになり、滑り止めで受けた地方の大学へ進むことになった。
―――そうえいば、高校も入学直後は1人だったな。
 引っ越しの慌ただしさの中で、彼と会う時間は取れなかった。
4月になり、桜の花が舞うキャンパスで、私はたった1人で入学式に臨んだ。

 私が大学に入った後、一度だけ彼と会った。
駅前のファミリーレストランでランチを食べ、今度時間があったら一緒に旅行にでも行こうかということを話した。
 そして用事があるという彼はいつも通りに「じゃあ」と片手を挙げ、改札機の向こう側へと消えていった。

 次に再会したとき、既に彼は棺の中に納められていた。



 数日間分のダイレクトメールが溜まった郵便受けに、彼の実家から一周忌を告げる葉書が届いていた。
―――そうか、もう1年がたったか……
郵便受けからその葉書だけを抜き取ると、隠れるようにもう一つ封筒が届いていた。見慣れぬ筆跡で私の宛名が書かれているそれを取り上げると、死んだ彼の妹の中が差出人の欄にあった。

 部屋に戻り封筒を空けると、中にもう一つの封筒と1枚の便せんが入っている。便せんには、彼が生前に妹に託した私宛の遺書があるということと、それを一周忌の頃に私宛に届けてくれと頼まれたと言うことが端的に書かれ、もしよろしければ一周忌にぜひ来てくれと言うメッセージが添えられていた。
 切手も住所も無く、ただ私の名前だけが細いボールペンで記された白封筒を丁寧に空けると、高校時代に彼が愛用していた薄汚れたシャープペンシルと、私への遺書が入っていた。


 “この手紙を読まれているころ、私は既にこの世の人間ではないでしょう。”
―――こんなありきたりのフレーズをまさか使うことになるとは思ってもいませんでした。
 元気でやっていますか?まさかとは思いますが、既に私の後を追っているなんて事にはなってませんね。
 今になって特に何か伝えたいというわけでこの筆をとったわけではありません。君といつも一緒だった高校の3年間で私も学びました。今さらさも意味があるかのような言葉を投げかけたところで、君が聞いてくれるとは思いませんし(笑)
 ただ、一つだけ無二の親友である君に頼みがあります。地図を同封しました。そこへ出向き、写真を撮り私の墓前に供えて欲しいのです。
前に君と会ったとき、昼食を共にしながら旅行しようと話したことを覚えているでしょうか?
君と一緒に行きたい場所があるのです。しかしそれはもう叶わぬ事となりました。
せめて君がそこの写真撮り、それを供えて貰うことで代わりにしたいのです。
よろしく。



 丁寧に三つ折りにされた2枚目の便せんには、住所と簡単な地図が添えられていた。そして包み込まれるように1万円札が5枚。
―――交通費という訳か。
便せんに記されていた住所は東京都のものだった。
そこに何があるかは分からない。
だが彼が私に託した最後の希望に応えるべく、私は飛行機の空席を調べた。

 彼の一周忌の法要の前日の夜、私は郷里ではなく、まだ東京にいた。
手紙に書かれた一行に収まる住所は日中に訪れてみたが、近代的なビルが聳えているだけだった。
 高校の同期の友人である鮒代の家へ半ば押しかけるように泊まりにいくと、彼は又来たのかと嫌そうな顔をしつつも私の分の布団を用意してくれた。
 
 次の日の午前中、私は鮒代邸を辞すと、五反田から地下鉄に乗り換えまた同じ住所へと向かった。
いまや懐かしい彼の筆跡で描かれた簡単な地図には、昨日見たビルを川を挟んだ向こう側から撮影して欲しいと、丁寧にも撮影ポイントまで書き込まれていた。
 地下鉄の入り口から外へ出ると、正午の日差しが眩しく輝いていた。
東京らしく活気に溢れたこの街角で、彼は一体私に何を見せたかったのだろう?

 彼は死の間際に私にメッセージを残した。
ほんの些細な、しかし貴重な会話の断片。
一緒に旅行に行こうと持ちかけてきたのは彼の方だった。
そう、そこには彼が私に見せたかった何かがあるのだ。
最後に彼が伝えたかったもの。
この地図に指定された場所から、あのビルの方を見たとき、そこにはきっと彼が私に残してくれた最後の何かがあるのだろう。

 大きな川に橋が架かっている。
この橋を渡った右側に緑地帯が広がっている。
地図に示された撮影ポイントはその緑地から、今は私の背後にある住所に示された土地を望む構図であった。
 私は一歩一歩、彼が一緒に歩いているかのようにしっかりと足を踏みしめながら橋を渡る。
まさにこの橋は、私と彼を繋ぐ橋なのだろう。
高校の入学式から彼の死までの間の想い出が走馬燈のように脳裏に去来した。

 橋を渡りきった先の交差点に足を踏み入れることなく、川の堤防に沿って歩く。
敢えて橋の向こうの景色は見ていない。
この地図に示された場所まで来て、私は目を瞑った。

―――いいか、お前が来たかった場所に俺は着いた。
このカメラで写真を撮る。そしてお前に見せてやる。


 私はゆっくりと瞼をあげる。
そこには陽光に照らされ輝く水面と、綺麗なコントラストをなす堤防の芝生、そして川の向こう側にそびえ立つ金色に彩られた高いビルと、逆台形の黒いビル。
まるで一枚の風景画のように完成された構図が目の前に広がっていた。

 思わず私はその場に崩れ落ちた。
地面に這うように手足をつく。
―――これが……これが彼が見たかったものなのか。
私は悟った。
彼が死ぬ間際まで見たいと願い、私に見せたかったものの正体を。

それは川の対岸にそびえるビルだった。
とても有名なビルだ。そう、確か彼がこのビルの存在を教えてくれた。

  
  通称―――うんこビル。


 発泡酒の泡とも蝋燭の灯りをモチーフにしたとも言われるが、どう見てもうんこにしか見えないオブジェを屋上に掲げた東京の名所である。

 私は泣きながらシャッター切った。
今は天国にいる友人よ、君が望んだうんこビルの写真はしっかりと撮ったよ。
柔らかな日差しの中、私は彼の声を聞いた気がした。
『ありが―――』

「ママー、あの人うんこ見ながら泣いてるよー」
「見るんじゃありません。あんな下品なものを涙を流すほど喜んでみるなんて、まったく信じられないわ」

 彼の声は聞こえた気がしただけだった。
私は何とも言えない虚しい気分になりながら、彼の一周忌へ向かうべく、空港へ向かうバスへと急ぎながら、うんこビルに背を向けた。



一周忌の会場で、彼の妹にあった。

この話をすると彼女はこう言った。















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posted by 東村氏 at 22:59| Comment(1) | TrackBack(0) | 妄想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
UNK了解
Posted by マクスウェル at 2006年11月25日 18:59
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