2005年09月29日

メイド喫茶(前編)

 先日、私の住む街松山に新しく出来たメイド喫茶に行ってきた。
 院生の某先輩と共に出かけたのだが、彼からその時のレビューを書けと言われたのでつらつらと感想なぞを述べたいと思う。

 さて、松山のメイド喫茶について語る前に概論的にメイド喫茶全体について無駄に語りたい。
そんなどうでもいい話などすぐに止めたまえと、ムスカ口調で告げる読者諸氏も居るだろうが、そんな奴らはポアしてやる。
口でクソたれる前と後に『サー』と言え!分かったかウジ虫!







――― 2003 March Sapporo City ――


 当時、公務員勤めをしていた私は、札幌都心の狸小路を歩いていた。
3月上旬の札幌ともなれば、次第に暖かくなり雪も融け始め、春がもうすぐ傍に近づいているのが感じられるのが普通であった。
ただどうしたことか、この日は朝からずっと冷え込みが続き、そんな気温もあって私の気持ちは沈みがちだった。
もちろんまだまだ日が暮れる時間は早い時期である。
このときも辺りは既に夜とっていい暗さだった。

 そう、あれは給料日の前後だった気がする。
当時の私は給料日にはらしんばんへと行き、成年コミックを幾冊か買い求めるという健全なヲタライフを実践していたのがまるで昨日のように想い出される。
それもそうだ。
あの時からもう3年近くたつ今でもそんな生活パターンは変わっていないのだから。

 話がそれた。
とにかく、私は夜の帳の降りた札幌の街中を歩いていたのだ。
創成川――札幌市を南北に流れる運河――の畔の高層ホテルには航空標識灯の赤い灯りが瞬いていた。
 (ハァ…)
ため息と共に高層ホテルを見上げると、その窓からは柔らかな白熱灯の灯りが漏れていた。
―――ああ、きっとあの窓の向こうでは、くつろぎの空間が現出しているのか……
うらやましくないと言えば嘘になる。
自分の姿を見ればよれたコートを身に纏い、手に提げた鞄の中にメロンブックスの紙袋に包まれた同人誌…
そうさ、私は負け組だ。
大学に落ちた社会の落伍者だ。
そんなモヤモヤとした半ば自棄な感情を胸に抱えながら吐いた息は白く色づいて消えた。

 そう、あのときの私には何もなかった。
春が近づくにつれ、心の重荷が増すばかりだった。
あの当時――2003年の冬から春にかけた時期、私はその胸の内に何の希望も見いだすことが出来なかった。
 大学受験に失敗し、務めていた仕事も月末で退職が決まっていた。
もちろん4月から行く先なんてある訳無い。
これからどうやって食べていけばいいのか?
―――否、生きていけばいいのか?
自分の未来が開ける要素なんて何もない。
だから私には何もない。あるとすれば、もう手の届くところに絶望と不安に彩られた暗雲のような日々が残るだけだった。

 まあ、そんな感じで街の中を気晴らしに歩いていたとき、私は一件の喫茶店と出会ったのだ。
Cafe Primevere
先月オープンしたばかりの札幌初のメイド喫茶。
まだ地方都市にそのようなものがあるのが珍しかった時代の話である。
ともすればコスプレ風俗とメイド喫茶が混同されていた時代。
2ちゃんねるがテレビに少しでも取り上げられるだけで祭りになっていた時代。
 (ここが、あのメイド喫茶か……)
話に聞いてこそいたが、まだ訪れたことのないメイド喫茶。
気がつけば、私は吸い寄せられるようにガラス戸に手をかけていた。


■ Chapter2

 カラカラと乾いた音と共に引き戸を開ける。
中からの空気が眼鏡を曇らせる。
 「おかえりなさいませ、ご主人様」
眼鏡を拭き、かけ直すとそこには1人のメイドさんが立っていた。
なんだか自分と、この向かい合っているメイドさんだけがこの空間にいるような気がした。
いや、奥には執事の姿もある。
一歩店の中へと入ると、席はほどよく埋まり、幾人かのメイドさん達が忙しそうに、そして楽しそうに店内を飛び回っていた。
 外の寒さを忘れさせる暖かな空気が店の中に満ちていた。

 促されるままに席に案内される。
メニゥを見て、紅茶を頼んでみた。
暫くすると、メイドさんがティーセットを持ってやってきた。
ティーカップを置き、ポットからお茶を注いでくれる。
琥珀色の鮮やかな紅茶がかぐしい香りを昇らせながら、注がれる様をぼんやりと眺めていた。
ミルクは多めに、砂糖は控えめに。
ほどよく熱い紅茶を一口含むと、体の芯から温まるかのような気がした。
淡く色づいた灯りの下、幾分かアンティークな椅子に腰掛け紅茶を頂く。
 うん、これだ。
これこそ私が求めていた一時であり、空間なのだろう。
せめてこの場所にいる時くらいは嫌なことを忘れよう。
この場所は日常ではない。創られた空間だ。

 私は現実の自分を取り巻く環境から解放されたかのような気分を味わっていた。
壁に掛けられたクラシックな時計がボーン、ボーンと時を告げる。
きっちりと9回。
ふと気付くと、もうこんな時間になっていたのか。
ふと見回すと他に客はいない。
奥の厨房の灯りも落ち、人影は見あたらない。
 「……閉店時間は、8時なんですよ」
後からかけれた声に振り返ると、メイドさんがいた。
そう、始めに店に入ったときに案内してくれたあのメイドさんだ。
腕時計に目をやると長針と短針が綺麗な直角で交わっていた。
 「え…あ…ス、スイマセン……」
私はふと我に返ると急いで荷物をまとめ、椅子の背にかけたコートを羽織ろうとしたが、慌てていたせいだろうか、コートがどこかにひっかかり思い通りに着込めない。
メイドさんは微笑みながら、
 「そんなに慌てなくても大丈夫ですよご主人様。もう1時間も閉店時間をオーバーしているんですから」
   と、私に告げた。

 そこで気がついた。今お店にはこのメイドさんしかいない?
もしかして、私がいつまでもぼんやりと席を立たないでいたから残らせてしまったのだろうか?
いや、間違いなくそうに違いない。そうとしか考えられない。
 「あの…ひょっとして……」
私にみなまで言わすことなく、メイドさんは微笑みを絶やさぬまま返す。
 「ハイ。ご主人様があまりにも落ち込んでいらっしゃるようだったので」
つまり、私のことを気遣って一時間も待っていてくれたというのか?
ああ、なんて悪いことをしてしまったのだろうか…
自分1人の問題で他の人に迷惑をかけてしまうなんて。

 この時の私の様子はよほど落ち込んだように見えたのだろう。
 「あの…私のことなら気になさらないで下さい。私が自分から待たせて頂いただけのことですから……」
今度は余計な気まで遣わせてしまった。
つくづく自分のダメさ加減を実感させられる。
ふと窓ガラスの向こうに目がいった。
黄色や白い光筋が近づいては赤い帯を伸ばして消えてゆく。
家路につく車の途切れることのない列がどこまでも続いている。
この車には家という行き先がある。
では私の行き先は一体どこなのか?

 なんとなく気まずい空気になってきた。
 「…それでは、もう―――」
”―――帰りますので。色々とありがとうございました。そしてすいません。”
そう、口にしかけたのと同時だった。
 「…ぁ、あの…まだお時間に余裕はありますか?」
 「え?」
メイドさんは、ことさらに明るい笑顔を作ると、
 「よろしければ、お茶をもう一杯召し上がりませんか?もちろんお代はサービスです」
そう言って、返事を待たずに厨房の奥へと姿を消した。
一呼吸おいて半開きの扉から灯りが漏れてきた。


■ Chapter3

 壁掛け時計がボーンと一回音を響かせた。
長針がくるりと下を向いていた。
まるでそれが合図だったかのようにメイドさんが大きなポッドと2つのティーカップをワゴンに載せてやってきた。
 「では失礼しますね」
メイドさんは慣れた手つきで、私の前にカップやスプーンを並べていく。
程なくかぐわしい香りと共に鮮やかに色づいた紅茶が2つのカップを満たしていった。

 「まだ熱いから、気を付けて下さいね」
 そう笑って言いいいながらメイドさんは、自分のカップを口元に運ぶ。
 「ぁっ…」
 温度が高すぎたのだろうか?
小声を漏らしながらも一口含むと、少しばかり味わってからこくりと小さく喉が動いた。
思わずマジマジと観察してしまうと、メイドさんは困ったかのようなはにかんだ笑みと共に私にも紅茶を勧めた。

 「ふぅ…」
 一杯の紅茶がここまで美味しいと感じたのは初めてだ。
ゆったりと時間が流れて行く。
静かな時間。都心にありながら、都会の喧噪から離れた空間が広がっている。
しばらく互いにお茶を飲む微かな音だけが店の中を満たしていた。
カチャとティーカップが置かれる音。
メイドさんのティーカップは、まるで新雪の積もったすぐ後のように陶器の白さが眩しかった。
 メイドさんが静かに私を見つめている。
ああ、そうか。今度は私が観察される番なのか。
そう思うと、たったそれだけで気が晴れてくるような気がして、私はその感情を流し込むつもりでカップに残ったお茶を飲み干した。

 空になったカップに、新しいお茶が注がれている。
私はじっとその様子を見つめていた。
メイドさんは、カップを見つめながらおもむろに口を開いた。
 「寂しいのですか……」
 小さく呟いた一言。
それは私に向けられた言葉と言うよりは、独り言に近い響きがあった。
私は…多分少し強張っていたのかもしれない。
いつのまにかメイドさんは私の顔を見据えていた。
その瞳はまるで私の心を見透かすかのように―――

 「ふふ」
不意に目線が揺らぎ、メイドさんの表情に笑みが浮かんだ。
そう、おそらくじっと見据えられていた時間はほんの僅か。
もしかしたら瞬間という表現ですら長い間だったのかもしれない。
 「もっと楽に…肩の力を抜いて下さいな。折角のお茶会なんですから」
私はああ、と相槌を打ったが心ここにあらずといった心境に陥っていた。
新しく注がれたお茶を口に含むと、今度は私が熱さに驚く番だった。
そんな私を見て、メイドさんはクスクスと笑った。
つられるように私も微かに吹き出した。

 ああ、こんな風に誰かと笑いあうなんて―――
忘れていた感覚。
さっきまで、何もなかった自分の中に生まれた”何か”

 ボーン ボーン………
 壁時計が時を告げる。
短針が伸び上がり、長針が起きあがる時間。
 「あら、時間が流れるのは早いものですね…」
言葉の隅に微かな憂いを感じるのは感傷だろうか?
 「もう今日はお開きにしましょう…」
思い返せば、ただお茶を飲んでいただけだった。
そんなに言葉を交わした訳でもない。
でも、なぜか心が軽くなった気がした。
 「どうです?少しは気が晴れました?」
ちょっと含みのある笑み、言うならばイタズラ心のエッセンスを一滴垂らしたような笑み。
 「……ありがとう」
メイドさんは優しげに頷くとカチャカチャとティーセットを片づけ始める。


■ Chapter4

 やがて全ての片づけが終わる。
店内の電気を全て落とし、扉に鍵をかけた。
メイドさん――もうメイド服から着替え、茶色のコートを着こなしている――は、戸締まりを確認すると、キーホルダーから店の鍵をはずすと、郵便受けに入れた。
カランと乾いた音を立てて、鍵が郵便受けに納まる。
彼女はさっきよりもはっきりと憂い――いや、寂しさ?――の表情を浮かべていた。

 「私、ここで働くの、今日でおしまいなんです。たった一ヶ月だったけど…」
名残惜しそうに暗くなったガラスの向こう側を見つめながら、独白するように、誰かに聞いて貰いたいかのように。
 「たくさんの想い出が出来ました。立ち上げの時から一緒に頑張って、オープンの日はとっても緊張したっけなぁ……」
踵を返し、シャッターの降りた店が両脇に並ぶ狸小路のアーケード街を歩いていく。
 「なんか、もう終わっちゃったと思うと、ほんの昨日の事なのに……昔の事みたい」
夜の空気は冷たく、吐息が白い。
 「閉店時間になって、私みんなに言ったんですよ。今日で終わりだから1人で掃除をやらせて欲しいって」
昼間は人々で賑わうアーケードも閑散として、ガランとしていた。
 「短い間でしたけど、思い入れがたくさんあったんです。だから、1人でお別れしたいと思ったんですよ」
彼女の目尻から、つぅと零れ落ちる―――
 「でもそしたら、貴方がなんだか私以上に寂しそうにしていて、人ごととも思えなかったし、なんだか放っておけなくて、でもそっとしておいてあげたくて…………」
不意に彼女が歩みを止めた。
 「お店の雰囲気が凄い好きだった。優しい空気が流れてた。ここに来るだけで癒されて、元気になれる――そんな雰囲気」

 ああ、そうか。
今日、この店に引き寄せられたのは偶然なんかじゃなくて、きっと呼ばれたんだ。
彼女と仲間達が創りあげた店の空気に。
 「私も―――そんなお店を作れていたのかな?」
寂しそうに、後ろを――お店の辺りを――振り返りながら。
彼女は、絞りだすような微かな声で、私に問いかけた。

 本当は私が答えるべき問いかけではなかったのかもしれない。
これは、彼女の仲間達に向けられて発せられた彼女の言葉。
だが、私は彼女が最後の時間を費やして、彼女が好きだと言ったお店を、空間を作り出した場に居合わせた。
 「それは大丈夫。僕はあの店に――君に癒されたから……」
だから、はっきりと答えられた。
彼女はその場にしゃがみ込み、静かに嗚咽をあげる。
私はただ傍らにたって、彼女が気が済むまで待っていた。

 暫くして落ち着いたのか、彼女は目尻を拭うと立ち上がった。
 「ありがとう。そして、色々と付き合わせてごめんなさい」
その言葉は私が彼女に投げかけるべき言葉だ。
 そう告げると彼女は笑った。
店で案内をしていたときのような自然な笑みで。


■ Chapter5

 アーケード街を抜け、車の少なくなった通りを歩いていく。
不意に雪が舞い降りてきた。
大通公園を抜けるころ、ちらちら待っていた雪は季節はずれの大雪に変わった。
風のない静かな夜。
無数の白い雪片が、辺りを白く彩る。
街灯の白や燈の灯りを受けながら、街をぼやかしてゆく。

 言葉なく、道を歩く。
行く先に積もった雪に足跡をつけながら。
ただ黙って、眠りに就く街の喧噪を危機ながら、横を歩く彼女をなんとなく眺めながら。
ああ、そうか。
彼女は表情で語っていたのか―――
お店でのお茶会のこと、そして今のこと。
彼女の表情はどんな言葉よりも雄弁に語っていたんだ。

 真っ直ぐに伸びていた道がつきあたる。
奥には綺麗に配置されたライトとガラス張りの大きなドーム、そして雪に隠れるように背後に大きなビルがうっすらと見えていた。

 横断歩道の信号は赤い。
 「私、あのお店で働くことが出来て良かった……」
彼女が、そう呟くと信号が青に変わった。
 「今日はありがとうございました。いい想い出が出来ました……」
そう言って、彼女は改札口へ。
私はその姿を見送る。
 最後に「『いってらっしゃいませ、ご主人様』」
彼女はお淑やかな、だが晴れ晴れとした笑顔で、そう一礼すると改札の奥へと消えていった。

 私も家路につこう。
雪の降る中、タクシーを求めて北口へ。
 よく考えれば、自分を取り巻く状況が何か変わったという訳でもない。
結局、これからの行く先は見えないままで、将来への不安要素も豊富にある。

 ―――ただ胸の内から絶望だけが消えていた。

 そうだ。
彼女のように微かでもいいから笑みを忘れないでいれば、
――例えこの気持ちが今だけのものであったとしても―――
少しくらいの不安は乗り越えていけるのだろう。

 私を乗せたタクシーが走り出す頃、不意に雪が止んだ。
夜の街は暗い。
車のヘッドライトが照らす道の先以外は闇に沈んでいる。
もちろん灯りを消したタクシーの車内から、やはり闇に沈んだ街並みを眺めていた。
いつしかタクシーは線路に沿った道をゆっくりと走っていた。
 後から白い明るい光が近づいてきた。
私の横を煌々と明るい光を窓から漏らしながら列車が追い越していく。
列車のテールライトを追いかけるように、タクシーが少しスピードを上げた。


――『メイド喫茶(前編)』 Fin――


(C) UPFG All right reserved.


posted by 東村氏 at 01:31| Comment(3) | TrackBack(0) | 妄想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
何か、短編小説みたいですね〜w

いい話です。
Posted by ann at 2005年09月29日 09:00
今日は失礼しました。ちょっと作業してて手が離せなかったもので・・。データ受け渡しの件もあるので、そのうちなんか奢らせてくださいや。ではまた。
Posted by フジヤマナニガシ at 2005年09月29日 21:01
>ann氏
しかしこの小説の作者は、チンポイントという馬の名前に大喜びしていたらしいですよ

>フジヤマ氏
パーラー奢って下さい。マジで。
Posted by 東村氏 at 2005年10月01日 17:12
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