2006年01月13日

カタストロフィ(劇場版)

痔が治りました>挨拶

今日はぜひ読者諸氏に知って貰いたい言葉がある。
東村言語体系の中でも極めて重要度の高い一言だ。

カタストロフィ

一般的な悲劇・惨劇などの意味で用いられていることが多い言葉でもある。

そう、まさしく悲劇。
これはある特定の悲劇に見舞われた人に贈りたい言葉でもある。

人間として生まれ出た以上避けては通れない道がある。
その道を外れることは、すなわち死んだときのみである。

私もまたその道を20年以上歩んできた。
無論読者諸氏も同様である。

そう、国内の大抵の例に置いては、その道の終着には扉が着いているものである。
私はその扉を開き、そして鍵をかけたとき何とも言えない安堵感を感じるのだ。
鍵を済ますと私はおもむろに服の一部を脱ぎ始める。

そして用を済ませたとき悲劇が起こるのだ。

ない……
アレがない……
……そう。

トイレに入って紙が無くなったとき、悲劇は起こるのである。

カタストロフィ
意味:トイレ(個室)に入り、用を足した後に紙が無いことに気づくこと


※ 東村氏は最近1年に渡り、カタストロフィには遭遇していません。
posted by 東村氏 at 00:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 総務 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック