2006年01月19日

童貞ペンギンの哲学

「あのさぁ……」
『ん?』
「ちょっといいかな?聞きたいことがあってね」
『ああ、構わない』
「君はこんな言葉を知ってるかい?」
「『飛べない鳥はただの鳥だ』昔の哲学者ガシム・ラヒの言葉さ」
『うん、聞いたことくらいならあるよ』
「鳥は空を飛ぶ」
「じゃあ、飛べない鳥は鳥じゃないのかい?」
『―――鳥だね』
「そう。鳥なんだ。飛べない鳥はただの鳥なんだよ」
『ペンギンとか?』
「そうか。ならダチョウだってそうなるね」
『―――ダチョウか。フラメンゴの存在を忘れてはいけない』
「ああ、そうだった。それは大切なポイントだ」
『疑問は解消したかい?』
「うん。ありがとう」
「ただね……」
『―――ただ?』
「もう一つ聞きたいんだ」
『まだ夜は長い。君に付き合うさ』
「うん、ありがとう。」
「飛べない鳥はただの鳥なら、飛べない魚はただの魚なのかい?」
『魚だろう』
「じゃあ飛べる魚は?」
『トビウオさ』
「なるほど」
「あのさ、トビウオって飛べるのかな?」
『―――何が言いたい?』
「ああ、気を悪くしたらゴメン」
「ただね、ちょっと思ったんだけど」
『いいよ、べつに怒ってもいない』
「じゃあ続けるけど……」
「トビウオってさ、跳ねてるだけじゃない?」
『―――ああ、いや―――それはそうなのかも、―――しれない』
「跳ねるだけならマグロにだってできるよ」
『―――そうだな』
「ひょっとして、トビウオはただの魚なんじゃないか?」
『トビウオは魚だよ。鳥じゃない』
「じゃあ飛べない魚は魚なんだから、トビウオが魚である以上トビウオは空を飛べない訳なのかな?」
『それは君が指摘した通りさ。跳ねているだけ』
「うん、確かに僕はそう言った」
「でもね、名前はトビウオなんだ」
『そうだ』
「だからトビウオは跳ねているんじゃない。飛んでいるんだ」
「飛べない魚はただの魚さ。じゃあ飛べる魚は……?」
『つまりトビウオは魚じゃないとでも言いたいのかい?』
「いや……でも、飛べない鳥はただの鳥なんだよね」
『ペンギンとかね』
「そのペンギンは……ひょっとしてトビウオを食べるんじゃないかい?」
『―――新しい可能性、か』
「そう、これは新しい可能性なんだよ」
「飛びながら魚であるトビウオと、飛べないながら鳥であるペンギン」
『そこに何を見いだす?』
「ペンギンは空を飛べない」
『その通りだ。それは何度も繰り返し確認した』
「うん、でももう一度だけ確認したかったんだ」
「今、気がついたんだよ。ペンギンは跳ねることなら出来るんじゃないかい?」
『―――――――――出来る』
「じゃあ言い換えてみるよ」
「そう、跳ねるという意味ではペンギンとトビウオは同じ存在なんだ」
『なるほど、筋は通っている』
「だから飛べない鳥というのは飛べる魚と言うことなんだ」
「そこには跳ねるという共通点があるんだよ……」
『そして?』
「もしかすると、飛べない鳥なんて初めからいないのかもしれない」
「いや、きっといなかったんだ」
「飛べない鳥は鳥なんかじゃない、魚なんだよ」
『いや、待て。ペンギンは魚かい?』
「そう、魚なんだよ!」
「あの白黒の姿をみてごらん、イルカと同じじゃないか!!」
『イルカは、―――イルカは魚じゃ、ないー』
「………そう…だった…ね……」
「ああ、結局飛べない鳥はいったいなんなんだろう……」
『その答えは簡単さ』
『いいかい、飛べない鳥はただの鳥なんだよ』
『つまり――――――鳥なのさ』


posted by 東村氏 at 00:07| Comment(0) | TrackBack(1) | 主張 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Tracked: 2006-01-19 17:24
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