2006年01月29日

降り積もる雪の下の妹(U)

 階段を上がり、部屋の扉の横にあるスイッチを入れると、ジーと音と、一呼吸置いて蛍光灯が灯った。
チカチカと数回の明滅を繰り返し、ボンヤリとした白い無機質な灯りが部屋を満たした。
パソコンのスイッチを入れ、起動を待つ間に、コートを脱ぎ捨てた。

 またいつもの夜が始まった。
幾つかのチャット窓と、ウェブブラウザが、部屋の中と同じように乱雑にデスクトップに重なり散らばっている。
不意に、窓の外を見やると、カーテンの隙間から、オレンジの街灯に照らし出された雪が降っているのが見えた。
また大雪か。
明日の朝は渋滞しなければいいなと思いながら、玄関先にうずくまっていた妹のことを思い出した。
 唐突にフラッシュバックした数日前の妹。
確かに夜な夜な隣の部屋からキーボードと笑い声が聞こえてくるのはさぞかし気持ち悪いことだろう。
ちょっと控えめにしてみようか……
いや、これは妹の為じゃない。
客観的にキモい状況を作り出すのはヲタとして失格だからだ。
間違っても妹の為じゃない。



 階段を上がり、自分の部屋に戻る。
いい加減、外にいるのが寒いからだ。
静かな夜―――
暖房は切られていたが、家の中はまだ暖かい。
暗い闇の中で隣の部屋の扉から微かな灯りだけが漏れていた。
私はこっそりと静かに部屋の扉を開けた。
鍵だけ閉めて、電気は付けずに窓の外を眺める。
ハロゲンランプのオレンジ色の世界が見慣れた風景を不思議な場所に変えていた。
降り続ける雪はまるで、世界と私の間を区切るブラインド。
そうなんだ。
飽くことなく、窓の外に広がる世界に魅入られていた私は、ある瞬間を境に気付いた。
―――私は、―――いらない存在なんだ。



 キーボードを心持ちソフトに叩いてみる。
いや、もう今日はパソコンをよそう。
スタートキーを押して終了画面を呼び出すこのおかしな仕組みも、いつの間にか慣れた。
どこかがおかしいと初めは思っていても、それが繰り返される日常の中に組み込まれてしまえば、むしろ自然な事に思えてくる。
そう言えば、いつからだろう。妹との関係がギクシャクし始めたのは―――。


 部屋の中に響くのは微かな時計の針の音。
窓の外では相変わらず降り続ける雪。
静まりかえった夜。
私だけがここに存在している。

 そう、まさにここは私だけの世界。
外界から切り離された、孤独な空間。
ここには私の他に何もない。
ただ表面的に話題を合わせるだけの友人もいなければ、無意味な勉強もない。
もちろん何の目的のない仕事も。
―――義務のない世界。責任もない。
そして――――――なんの楽しみもまたない。

 どこまでも降り続ける雪に覆われて、私は白い何もない虚空にただ存在するだけの存在になる――――――


遠くから何かが聞こえてくる。
  ―――ここは何もない世界。
遠くから何か音が聞こえてくる。
  ―――ここは私だけの世界。他に何かが存在している訳がない。
遠くからカチャカチャと音が聞こえてくる。
  ―――ここは私だけの世界。音が聞こえてくるはずがない。
遠くからカチャカチャと、そして笑い声が聞こえてくる。
  ―――ここは私だけの―――世界―――じゃ、ない?

 不意に音はやみ、時計の針の音が響く世界に帰ってくる。
そして脈絡無くノイズがまた、私を惑わす。
うるさい。
 窓の外は白い雪。私の他に何もない世界。
窓開けると、冷たい風と共に僅かな雪が私の手のひらに舞い降りて、融けて消える。
ほら、―――何も存在しない。

カチャカチャカチャ……
  うるさい。
カチャカチャカチャ……
  うるさい!
カチャカチャカチャ……続いて笑い声

 ―――そうか、私は気がついた。
今この瞬間だけ開放されているだけで、私は現実の存在で、私は社会という大きな箱の中にいるのだと―――

カチャカチャカチャ……
私を現実に引き戻した音。

 そっと部屋から出ると、隣の部屋の扉から、微かに光が漏れている。

 カタカタカタ…
耳障りな音が幾らか柔らかくなったかと思うと、そのまま途絶えた。
私は1人暗い廊下に立ちつくす――――――




 ベッドに倒れ込むと、埃が舞った。
掃除をしていないせいだ。
枕元には幾冊かの本が散らばっている。
その中から適当な一冊に手を伸ばすとページを捲ってみる。
 ページは進むが全くストーリーが頭の中に入ってこない。
目で追う文字と、頭の中で広がる世界は初めから分離していた。ぼんやりと、ぐるぐると、考えが纏まりそうになっては霧散して消える。
どうして―――僕は―――。
今、何をしているのだろう―――いや、何をやるべきなのだろう―――

刹那的に過ごした日々。
記憶に留める価値すらない日常。

やがて僕はのそりとベッドから起きあがった。
何か飲み物でも漁ってこよう。
かろうじて、ドアの動く部分だけ床が見えていた。
ベッドの上から手を伸ばし、ノブをゆっくりと押し下げる。
蝶つがいが微かにきしんだ音を立てた。



posted by 東村氏 at 03:23| Comment(1) | TrackBack(0) | 妄想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
リアルとバーチャルの融合が素敵。
参考になる言い回しはパクっていきます。
Posted by NOPS at 2006年01月29日 06:46
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