2006年02月14日

連続蜜柑小説ポンU −柑橘類の幻想とボクの夢− 第3話

2話以前 → http://upfg.cubicplus.net/  


 僕を乗せた電車はガタゴトと、どこまでも続く街の合間を走り抜けていた。
カーブの多いこの電車は、時折車体を軋ませながら、2〜3駅ごとに止まっていった。
やがて本線との分岐駅に差し掛かった。
電車は一際大きく揺れると、左に向けて曲がっていく。

 短い停車時間の間に乗客が入れ替わると、電車は動き出した。
大きな踏切を越えると車窓が一変した。
今度はまるで裏路地のように線路のすぐ近くまで民家が密集した中をゆっくりと走っていく。
車窓から目を離し、ずっとページが止まっていた文庫本を読み始めるとまもなく、不意に窓の外が暗くなると、電車は地下に潜り、ほどなく終点の駅に着いた。

 都会らしい綺麗で無機質なホームからエスカレーターで登ると、改札を抜け、またエスカレーターに乗せられる。
 回りは大きな鞄を持った人が目に付くなか、僕の持っているのは、どこにでもある普通のビジネスバッグが一つだけだった。

 広々としたロビーに、大きな電光表示板があった。
日本中の主要都市の名前がある。
―――全日空593便 松山行 14:20 空席待ち 搭乗手続き中
僕はその表示を確かめると、数人が待つチェックインの列に並んだ。
大学と大学院、合わせて6年間過ごした東京とも、これでお別れか……
ふと、初めて松山から東京に出てきた日のことを思い出した。

 6年前、まだ羽田空港にターミナルビルが一つしかなかった頃。
僕は、やはり今日と同じように鞄一つだけを持って東京にやってきた。
初めての一人暮らしに大きな期待と、少しだけの不安を抱いて。
そして空港を出る前に自動販売機で一本のジュースを買ったことを覚えている。
あの自動販売機はまだ残っているのだろうか?

「お客様―――?」
いつの間にか僕の番が来ていたらしい。
僕は慌てて半券がまだ白いままの搭乗券を差し出した。

 持ち物検査をくぐり抜け、出発ロビーへ。
ガラス越しにこれから乗る飛行機が駐機しているのが見える。
時間つぶしに、売店を覗いているとまだお土産を買っていなかったことに気がつき、ひよこと東京ばななを幾つか買うと、荷物が二つに増えてしまった。

 やがて機内に案内される。
昼下がりの便は春休みシーズンの為か、やけに混んでいた。
指定された席は、窓側の席に座り、出発を待つ。
そろそろ頃合いか―――。
出発ギリギリの時間になって真ん中の席を空けた通路側に学生らしき若い女性が座ると間もなく、ポーンという音と共にシートベルトの着用サインが灯った。
―――その音を聞いたとき、熱い「何か」が心の奥の深いところから湧き上がってきた。

 飛行機がゆっくりと後ろ向きに動き出す。
正面のスクリーンでは非常時の手順について説明されていた。
僕はポケットに入れっぱなしになっていた文庫本のページを捲り読み始めた。
ゆるゆると動いていた飛行機が、ぴたりと止まった。
ポーン、ポーン、ポーン、ポーン……
またあの音が客室内に鳴り響く。

 ―――ああ、なんだろう。
 とても大切な、そしてずっと忘れていた懐かしい「何か」の感覚。

 さっきのポーンという響きに隠された「何か」
飛行機は一呼吸置くと、エンジン音を轟かせて離陸に入った。
ふわりと浮かび上がる感覚と共に、グイグイと身体が椅子に押しつけられ、大空に飛び立っていくのがわかる。
窓の外には羽田空港と湾岸の工業地帯が小さくなり、やがて雲の向こうに消えていった。

 消えて行く東京を眺めながら、胸の中に広がる「何か」の正体を探し求める。

ポーンという音が三度機内に鳴り響く。
そしてカチャカチャとシートベルトを外す音が聞こえる。
隣の席の女性もシートベルトを外すと、立ち上がり、天井の荷物入れから自分の鞄を取り出した。
そして鞄の中から一本のペットボトルを取り出す。

 ―――!!
―――わかった。
「何か」の正体。
僕が松山を、郷里愛媛を出てからずっと忘れていた大切な存在。



彼女の手に、ポンジュースのペットボトルが握られていた。




 松山に帰ったら、まずはポンジュースを一本買おう。
隣の席から、微かな柑橘類の香りが漂ってきた。
窓の外には冬の夕陽が空を藤色に照らしていた。
その光景はまるで、ポンジュースを零した、こたつ布団のように綺麗だった。

(続く)




posted by 東村氏 at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 妄想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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