2006年05月16日

岩手ルミナリエ旅行記 終

これまでのあらすじ

東村氏は東京盛岡神戸を経由し、大阪市営地下鉄心斎橋駅で電車を降りたのである。

おみ、皇帝、軍曹と私の4人で京阪に乗り換える。
久しぶりのおけいはん、ここは2階建て車輌に乗りたいところだ。
始発駅の淀屋橋ならまず間違いなく座れるだろう。
だが現実とは常に非情なことだ。
ホームでまっていたのは濃淡の緑の一般色にスカイブルーの帯を巻いた9000型だった。
2階建て車輌がついてなければテレビカーすらついてない。
本来ならば一本やり過ごすところだが生憎と時間もあまり無いので我慢してこれに乗る。
京橋から地上に出ると、辺りはもう真っ暗だった。
特急らしく複々線区間は無停車で緩行線を追い抜きながら走っていく。
丹波橋で下車し、普通列車に乗り換え。
伏見稲荷で下車する。
そう、伏見稲荷大社を参拝するためにここまできたのである。
いつもはJRの伏見を利用するので、京阪側から行くのは初めてだが、京阪とJRの線路を越えるといつもの場所にでた。
とりあえず駅前のコンビニで100円を全て5円に崩して貰い賽銭の準備も万端である。

大鳥居の前で一例。そして境内に入る。
18時を過ぎれば境内に殆ど人気はなく、本殿に詣でる人もない。
本殿に100円玉を放り込み、2礼2拍1礼。
そしていよいよ3回目の御山巡りである。
まずは始めに千本鳥居へ。
複線のように並列して隙間無く並んだ鳥居は、あたかも紅いトンネルを潜るが如しである。
永遠に続くかのような錯覚に捕らわれかけるほどの距離を歩いたとき、前が開け奥殿に到着した。
奥殿にも詣で、おもかる石を試す。

おもかる石は台座に安置されたただの石であるが、願い事を思いながらこの石を持ったとき、それが思ったより軽ければ願いは近いうち叶いに、
重ければ願いが叶うのは割と困難であるということを占うものである。
どれ、試しにと持ってみると案外重い。

他の人にも勧めてみると、皇帝が毅然と言い放った。
「私は自分の目標が達成されると革新していますから必要ありません」
なるほど、この自信こそ現代社会が我々に求めているものなのだろう。
流石は皇帝である。
そして奥殿から4ツ辻へ向けて出発する。
傾斜の険しい登山道を歩いていく。
道中には鳥居が点々と立ち、絶えることがない。
途中、三ツ辻で道を間違え下山コースに入ってしまったが、地元の人に道を聞き、来た道を引き返す。

そして四ツ辻に到着する。
四ツ辻からは京都南部の夜景が綺麗に見渡せる。
ここまで一気に来たが、病み上がりの軍曹には幾分か厳しかったようだ。
休憩を取るが、状態が思わしくない様子だ。
暫く休んだ後に、出発するが、途中の峰まで来たところで軍曹が四ツ辻に戻って待っているという。
少々を無理をしすぎた様子なので、全員で一端四ツ辻まで戻る。

その後、すぐ近くにある白滝だけ見て、下山することとし、北に向かって灯りの少ない道を歩いていく。
やがて道は急な下り階段となり、しばらく歩くと、ボンヤリと白熱灯にたくさんの石造りのお稲荷さまが照らし出された幻想的な世界に辿り着く。
入り口に大きな木製の扉があり、開くと中に小さな滝があった。
流れ落ちる水音が、石作りの時が止まったかのような空間に響いている。
パッと見は古くからある墓のような日常からかけ離れた光景が広がっていた。
月明かりと、微かな街灯の灯りの下。
石造りの狐は微動だにせず、異世界に誘い込むかのように道筋には無数の鳥居が立ち並ぶ。
―――伏見稲荷の真骨頂だ。

暫くこの空間に何をするとでも無く留まっていたが、そろそろ戻らねばならない。

今、来た道を引き返し下山する。
来たときは別の道を歩いていく。
途中にも幾つかの峰と社が点在する。
そのうちの幾つかに賽銭を放り込みながら、歩いていくうちに本殿の北に出た。

さぁ、帰ろう。
帰りはJRを使う。
伏見駅から奈良線の103系に乗って2駅で京都駅に到着する。
京都を出るべき時間まではまだ1時間ほどあったので、JR伊勢丹のレストラン街で最後の夕食を取る。
洋食の店でカレーなどを適当に頼む。
クラシックな感じに纏められた店内はそれなりに落ち着いている。
メインを食べ終えた段階でまだ少し時間があったので食後のデザートを頼み、今回の神戸ルミナリエサミットの最後の会食とする。

帰りは21:16発の新快速に乗れば大丈夫だ。
京都駅の新快速の時間は大変分かり易い。
毎時00,15,30,45の前後に上り下り共に発着するダイヤとなっている。
皇帝はサンダーバードで金沢に帰るという。
戯れに京都駅の大階段を下りる。
室町広場には昨年の今時期にも見かけた大きなクリスマスツリーが飾られていた。

時間を聞くと先に新快速が出発する感じなので、京都駅の改札内に入ったところで解散する。
そして皇帝は0番線へのホームへ。
我々は大阪・三ノ宮方向の東海道線ホームである5・6番線に。

そして悲劇が起こる。
21時を過ぎるとパターンダイヤが崩れ、新快速は15分おきではなく毎時3本の不等間隔運転になっていた。
我々がホームに降りたとき、無情にも新快速電車は扉を閉め加速しつつあった。
なんてこった。
次の新快速は約20分後。
とりあえず乗れなかったものは仕方がない。
まだ時間があるので、皇帝を見送りに0番ホームへ。
サンダーバードの自由席の待機列は割合長かったが、幸いにもすぐに皇帝の姿を見つけることが出来た。
列車が到着するまでの数分間、皇帝と別れを惜しむ。
やがて大阪方から白いサンダーバードが姿を現し、皇帝を載せると出発していった。

敬礼で皇帝を見送ると、また東海道線のホームへ戻る。
足下の乗車位置○印で待機。
米原方から銀色に3色の帯を締めた新快速が到着する。
ここから三ノ宮まで約50分間。
車内で時刻を計算する。
帰りの手段、松山・別府行関西汽船のさんふらわあ号は22時40分の出発だ。
新快速の三ノ宮到着時間は22時20分。
そして三ノ宮駅から港までは徒歩で20分。
………間に合わない!?

いや、待て。
ポートライナーがあるじゃないか。
ポートライナーに乗れば所要時間8分で港に到着する。
三ノ宮駅の東口からポートーライナーのホームまではおそらく5分もかかるまい。
ギリギリ間に合うか?

……念のため、ポートライナーの出発時間を調べてみた。
22:10, 22:20, 22:30……
ちょwwwwwwwwwおまwwwwwwwww
電車の到着が22時20分。JRのホームから改札を抜け、さらにポートライナーの乗り場まで行って、切符を買い改札を抜けて、20分発のポートライナーの車輌に乗るまで60秒じゃ無理だ。
では22時30分発に乗ればいいのだろうが、すると港に着くのが22時38分。
40発の船に間に合うのだろうか?
乗船手続きを考えると時間が危ない。

困った。
三ノ宮駅からタクシーを使うか?
金は嵩むが松山に戻れないよりマシだ。
とりあえず船会社に連絡をしておこう。
電話でギリギリに着く旨を伝える。
三ノ宮からタクシーを使っていくつもりだと言うとルミナリエ期間中で交通規制が行われていると告げられた。
しまった。
ルミナリエのことをすっかり忘れていた。
とりあえず38分に港に着くポートライナーでもギリギリ間に合うらしい。
あとは三ノ宮駅での乗換さえスムーズに行けば何も問題はない……

新快速は新大阪を過ぎ、大阪で乗客を乗せ替える。
そして尼崎、芦屋と停車していく。
時計の針は刻々と進み、船の時間に迫ってくる。

三ノ宮到着予定時間の22時20分。
列車はまだ三ノ宮駅に到着しない。
六甲道駅付近を走っている。
こんな時に限って遅れが生じているのだ。
三ノ宮駅に3分遅れで到着。

ポートライナーに間に合うか?
精算機に小銭をつっこみ、改札を抜ける。
そしてポートライナーの改札口へ。
自分はスルッとKANSAIを持っているから良いが、軍曹とおみは切符を買わないと行けない。
時計を見るとまだ数分はある。
急いで切符を買うのを待って、ホームへ。
完全無人運転のポートライナーのホームはホームドアで仕切られ、乗る予定の22時30分発の車輌まだ到着していなかった。
……まさかポートライナーも遅れが生じているのか?
これが遅れていては万事休すである。
もうどうにもならない。
だが22時28分、列車が到着した。
出発までの2分間が長く感じられる。
定刻の22時30分、ポートライナーは三ノ宮駅を出発した。
川崎重工製の車内はどことなく、同じく川重製の札幌市営地下鉄の内装を思い出させる。
だがそんな感傷に浸る間もなく、38分ポートターミナル駅に到着。
駆け足で階段を駆け下り、改札を抜けると関西汽船の職員氏が待っていた。
事前連絡の効果があったようだ。
急いで乗船手続きを済ませる横で悠長にも、同じ列車で来たとおぼしき若者が、松山行きの空席はありますか?などと言っている。
予め書いてあった乗船名簿を渡すだけで準備は完了。
ギリギリのタイミングで乗船した。

車輌甲板からフロントのあるデッキまでの長い階段をホッとしながら登っていく。
公室部分にはいると、顔だけ知っている知り合いが居て驚いた。

二等寝台の自室へ向かう。
既に大阪出港段階でパムパム君が先に乗り、場所を確保してくれている手筈になっている。
軍曹と私、そしてパムパム君の3人で4人区画を個室として利用出来ていた。
エンジン音が高く響くと船は岸壁を離れる。
私は自室に荷物を置くと、そのまま甲板へとあがっていく。

港のプロムナードにはおみがいた。
携帯電話で話しながら、彼に手を振る。
神戸に住むおみと次に会えるのは一体いつのことになるのだろうか?
そろそろ年も暮れようという時期、きっと次は新年になるのだろう。
軍曹やパムパム君にも電話を廻し、別れを惜しんでいるうちに船はゆっくりと舳先を西に向け、神戸の美しい夜景を右手に眺めながら萎える地方都市松山に向けての航海を始めた。

自室に戻り、風呂に。
この長い一日の汗を流す。
窓外にはライトアップされた鳴門海峡大橋が見えた。
松山を出てからたった4日。
だが東京、盛岡、神戸、大阪、京都と飛び回った怒濤のような4日間だった。
この旅ももうすぐ終わる。
二等寝台のベッドに潜り、目が覚めればもうそこは松山港。
ゆったりと湯船に浸かりながら、ようやく旅が終わったことを実感した。


posted by 東村氏 at 01:40| Comment(3) | TrackBack(0) | 外遊記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
執筆ご苦労様でした。
ルミナリエサミットの情景を思い出せる素晴らしい資料となります。
Posted by 大宇宙拡大大帝国絶対永久皇帝大帝国大元帥★ at 2006年05月16日 03:07
と、いうことせようやく完結しました。
また今年もぜひサミットをやりましょう。
Posted by 東村氏 at 2006年05月16日 09:25
このサミットが終わる頃は、まさかあんなことが起こるなんて思いもしませんでした(回想
Posted by omi. at 2006年05月18日 11:06
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