2006年10月12日

第27次東京旅行記録

1 【要旨】
日時:10月7日06:00〜10日08:10(うち車船中2泊)
訪問:東京、厚木、横浜、京都、大阪

 朝6時。
 まだ夜の帳の明け切らぬJR松山駅前に所在なさげに2人のヲタクが立っている。
 HNオギャンと雨虎。
 彼らは萌学研究会のメンバーにして、東村主宰による第27次東京旅行に随行するメンバーである。
程なく、彼らの元にもう2人が駆け寄ってきた。
東村氏とパムパム君である。
彼らは合流すると、幾分か慌てた様子で改札を抜け、跨線橋の越えた先に止まっている普通列車(7000型3連)に乗車する。
 6時2分。
彼らが乗り込んでから間をおかずに扉が閉じ、多度津行きの普通列車は松山駅を発車する。

 そう、いつも時間にギリギリな東村旅行の法則は、今回もまた発動したのであった。


2 【四国脱出】
 四国の電車は遅い。
10月上旬ともなれば、朝夕は少し寒いくらいで、電車の中も暖房を効かせていたが、逆に暑いくらいだ。
東村は走行中の車両の窓を開けると、めざとく車掌に尋ねられた。
「お客さん、寒いですか?」
「ええ」
「じゃあ暖房切るから窓閉めて下さい」

彼の一挙手一投足は、どうやら監視されている様子だ。

 電車は東へ東へと単線の線路を走って行く。
途中、新居浜付近で通学の高校生が乗ってきた。
うち1人が車中で熱心に参考書を読んでいる。その姿、約15%ほど長門が入っている様にも見えるが、その旨をオギャンに告げたところ、一蹴された。

 東村が人が少ないのをいいことに、ロングシートに寝そべったりしながら4時間がたち、10:01に多度津駅に到着。
10:02発の高松行に乗り換え、10:17に坂出着。
10分少々乗り換えの時間があるので駅前のSATYへ。
 案の定、東村は買い物に時間を掛けすぎ、走りながら坂出駅に戻ると、10:27発の岡山行快速マリンライナーに駆け込んだ。
車内は程良く混み合い、4人がまとまって座ることが出来ない。
適当に散らばり、11:07に岡山着。

 来るたびに目まぐるしく発着番線の変わる岡山駅から今度は相生行きの山陽線普通列車で出発する。
出発直後に新幹線が右手からゆっくりと走り出した。
加速度の遅い新幹線だ。
700系と言えども115系の鋭い加速にはかなうまい、ざまあみろと思っていたら新幹線と在来線の交差する辺りで悠々と抜かれて、東村は萎えた。


4 【西日本】
 相生から乗った新快速は快調に京阪神を飛ばしていく。
台風一過の青空から容赦ない日差しが降り注ぎ、降ろしたブラインドにぼんやりと明石海峡大橋のシルエットが浮かんでいた。
神戸、大阪を経て京都へ。
乗り降りで入れ替わる乗客の並に紛れて東村一行もまた、京都駅にて電車を降りた。
 14:39発こだま592号東京行。
これに乗るまで後20分ほど時間があるね、と一端改札口で散会し、遅めの夕食や切符、お土産などを名々が買い求める時間に充てた。
幹事でもある東村は、新幹線の切符を券売機で押さえると、時計をみた。
 ―――大丈夫、まだ10分以上もある。
集合場所の新幹線口とは正反対のJR伊勢丹の地下へと足を向けると、関東で配るお土産を見繕い始めた。
 一体何が悪かったのか。
集合時間がギリギリすぎたのか、改札からホームまでが遠すぎたのか。
それとも東村が集合時間に遅れたことが原因だろうか?
4人は新幹線ホームへ向かうエスカレーターを駆け上っていた。
先頭を行く東村が追ってくる3人に叫んだ。
「もう列車来てるよ!」
300系のグリーン車が目の前に止まっている。
だめだ。手元の切符は自由席……
こんなエグゼクティブな車両には乗れない。
例によって乗車と扉が閉じるまでは一瞬の間をおくのみ。
何はともあれ、新幹線に乗り込んだ。

 流れゆく車窓は新快速よりもあからさまに早い。
流石は新幹線。300系こだまと言えども、スピードは在来線の比ではない。
このまま乗っていけば随分と早い時間に東京に到着しそうなものだが、次の米原で下車をする。


5 【東海】
 米原で待っていたのは国鉄型117系だった。
スプリングの効いた転換クロスシートにゆったりと腰掛け、30分間のローカル線の雰囲気を楽しむ。
大垣到着。ここからは名古屋都市圏の新しい主役313-5000に乗車する。
新車の香りが抜けきらないこの列車に揺られて、次は浜松まで直通だ。
岐阜を抜け、名古屋・金山を越える。
蒲郡まで来て不穏な減速。
どうやら強風のせいか制限が発令されている様子だ。
…これは困ったことになった。
東村は内心で思う。

 そもそも京都−米原で新幹線を使ったのは、静岡発19:35の東京行きに間違いなく乗車する為だった。
しかし今ここで、浜松到着が遅れてしまうと元も子も無くなってしまうではないか。
鷲頭を過ぎ、弁天島が近づいてきても遅れは取り戻せない。
しかし車内放送は希望をもたらした。
浜松からの接続列車が待っているというのだ。
約8分遅れて浜松到着。
既に熱海行211系は、待っていたが、車内は大変な混雑である。
 とりあえず手近な扉がから飛び乗ると、何か既視感を感じさせるかの様なタイミングで扉が閉まり、慌ただしく夕陽に染まる浜松を後にした。

 だが混んでいるのは今乗っている3号車だけの様だ。
先頭車両に行くと、立ってる人がいないどころか、座席がポツンポツンと空いているくらいである。
纏まって座るほどの空きはないので、また、各人が適当に座る。
やはり静岡県は辛い。
いつまでたっても静岡に着かないのだ。
まだ焼津だ。まだ掛川だ。
窓の外は暗く、まるで朝の松山駅のような風景となっている。
もう12時間以上も立っているのに、彼らはまだ静岡県にいる。



6 【東日本】
 静岡に着く頃には、発車の遅れも取り戻していた。
30分弱の乗り換え時間。
駅のスーパーで夕食を買い求める。
神の足跡と呼ばれる値引きシールのついた食糧を中心に買い漁る。
当地名物の鰻をよほど買い込もうかと東村が四苦八苦している。
店員に電子レンジの所在を聞いたりしていたがやがて諦めたらしい。
普通に和風ハンバーグ弁当を買い込んでいた。

19:35の東京行に合わせて、ホームへ向かうとまだ入線していなかった。
どうやらこの列車も遅れるらしい。
出発は19:43。
373系のリクライニングシートは夜行以外で乗るにはそれなりに快適である。

とりあえず食事を終えると、席を向かい合わせにして暫し大富豪に興じる。
やたらと革命が連発される大富豪で時を過ごしている内に丹那トンネルを抜け、いよいよ関東に突入する。

途中小田原にて、東村とパムパム君は、オギャン、雨虎と別れ、小田急線へと足を運んだ。
21:35発新宿行さがみ95号。
これが彼らの最後の乗り換えだ。
東村氏は長旅の疲れも見せずに、初めて乗るEXEにはしゃいでいた。

22:04、さがみ95号は本厚木駅に到着した。
僅かな停車時間のうちに、列車から降り立った二人は、改札を抜け、今宵の宿主ぷろふぇっさ(さくらい)氏の出迎えを受けるのであった。


posted by 東村氏 at 23:23| Comment(1) | TrackBack(0) | 外遊記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
東京は都会だった。
丸亀と同じくらい都会だった。
Posted by パムパムくん at 2006年10月13日 01:12
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