2007年01月28日

桃缶

おはようございます。朝6時の東村です。
昨夜の熱は、おかげさまで午前2時には35度台まで低下したので、勉強試験対策をしようと思い、とりあえず目についた洗濯物のアイロンがけをしてたらこの時間です。
そして熱を測ると37.7度でした。
もう、本気でどうしようもない。
とりあえず翠星石がおかゆ作って持ってきてくれるまで、無理して起きていようと思います。>挨拶

さて、今から試験対策を実施するに当たり、前段の重要な儀式たる部屋の片づけは無事に終了した。
困った。
もう現実から逃避する手段がない。
仕方がないので、桃缶の意義について述べたいと思う。

東村氏を特徴づける他人には容易に理解できない言動の一つに桃缶信仰がある。
これは2003年頃に勃興した新しい教えであるが、UPFGを中心に勢力を伸ばしつつある21世紀形の信仰である。
この教えの極意は非常に簡単である。
「桃缶を備えれば無病息災。桃缶を食べれば完全回復」というものだ。

これは病気の時の差し入れの代名詞として、桃缶を連想するという日本社会特有の文化に由来する社会的意識を明確にしたものであり、健康への回復の願いを桃缶に託すという考え方をさらに明確に打ち出したものである。

つまり桃缶を信仰する事で不思議な霊的パワーが身に降臨し、病魔を退治するというものであり、岡山県の有名な民話である「桃太郎」も実はこの信仰を暗喩しているにすぎない。

この桃缶信仰は、通称peach-canism(和名:モモカニズム)と呼ばれ、フランスの高層であるフランソワブッダにより提唱され、ローマ教皇も思わず認めてしまったというほどのありがたみがある。

日頃から桃缶を常備し、祈願する事で無病息災な生活が保障され、さらに桃缶を食べる事で健康状態への早期回復が容易に認められることから、近年では中央医大を中心とする研究グループが専門的な検証行い、年度内にも科学雑誌neetonにその研究論文が発表される見通しである。

さて、ここまで書けば桃缶信仰がいかに素晴らしいという事が十分に理解できたと思う。
では私は今から桃缶を食べて眠るとしよう。


posted by 東村氏 at 06:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 総務 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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