それは僕にとって今の自分に繋がる大切な存在で、
でも時間の流れの中でいつしか忘れ去ってしまっていた。
自分たちは日常だと思いこんでいるものは、決して永遠に続くわけではない。
それは、例えば卒業や引っ越しで環境が変わることで簡単に崩れて
しまうものなのだ。
そして新しい環境にいつしか慣れて、また別の日常の中で日々の営みを続けていく。
もし、その日常の一つ一つが繋がりを持たないというのなら、日常の数だけ世界は並行していると言えるのだろう。
『―――君は結局、何を言いたいんだい?』
これだけだと抽象的すぎて、よく分からない。
具体的に考えてみようか。
友達の友達という存在の話を耳にすることがあるだろう。
もし君自身と、友達の友達の間に何も共有するべき要素がないのなら、君はその友達の友達の話は自分と関係のない別の日常で生きる人の話として認識するのではないかい?
そう、つまりそれは君にとって全く別の世界にすぎない。
だから日常の数だけ世界が存在するという意味が分かるだろうか?
『―――まぁ、なんとなく分かったような気がする……』
1996年
変哲のない普通の高校から話は始まった。
桜の舞う頃から始まった話は、夏に終わりを迎えた。
ここに原点がある。
いや、正確に言うと、僕自身がこの高校に触れたのは1999年のことだが、まぁそれは関係のない話だ。
1995年
話は高校を離れて北陸の温泉街に飛んだ。
1994年
これもまたどこにでもあるような高校の話だ。
但し、この高校はどこか暗いイメージがつきまとう。
それは僕がこの高校の世界に触れた時は、その殆どが夜だったせいだからだろう。
1997年
雪の降る街を舞台に、華やかな世界で話が広がっていく。
主な舞台は大学だ。
もちろん、今までの話とは何の関係もない。
そして2000年―――もしかすると1年くらいずれているかもしれない。
今度の世界は、ある骨董屋を巡る話となる。
僕が辿ることの出来る範囲は、この辺りまでだ。
実はこの後も、また別の世界――しかもそれは、一番初めの1996年の世界の延長線上にあった世界だ――が広がっているのだが、僕はまだその世界に足を踏み入れてはいない。
94年から97年、そして2000年。
この5つの世界は、お互い同士で何も接点がない世界だ。
つまりある意味で並行世界とも言うべき、独立した存在であった訳だ。
だけど実はこの世界は全て繋がっている。
それはある1つの家系によってだ。
その家系と僕の間に血の繋がりはない。
面識もあるかと問われると、向こうはきっと僕のことを知らないだろう。
しかしその家系は、今ここに存在している“東村”という人間の、原点の1つなのだ。
『―――へぇ、君にそんな人がいるなんて初めて知ったよ』
まぁ正確には、個人でなく、集団の存在なのだけどね。
話を整理しようか。
僕はこの5つの世界、特に94年から97年の世界に接したとき、この4つの世界には関係がないと信じていた。
よく分からない事例を持ち出すのならば、96年の世界において94年と95年の世界は創作上の出来事であったのかもしれない。
とにかく、この4つの世界はそれぞれが独立した世界であった。
全く別の街で、別の話が広がっていたわけだ。
だけど実はその4つの間にあった唯一の共通項が浮かび上がってきた。
それが、さっきから出てきている1つの家系―――長瀬家だ。
94年の世界に2人の長瀬がいる。
その1人は、話の中心にいる人物で、もう1人はきっかけを与えた人物だ。
95年の世界にも長瀬がいた。
この長瀬は話には大きくは関わってこない。無視してもいいくらいの人物だ。
96年の世界には2人の長瀬。
1人は技術者、もう1人は執事。
97年の世界の長瀬は喫茶店のマスターだった。
これだけでもう既に6人の長瀬がいる。
もちろんこの長瀬一族の個人は、全く異なった日常=世界に生きている。
しかしその容貌と、聴覚によって確かに彼らは結ばれた存在であり、彼らを介してこの世界は相互に結ばれている。
『―――聴覚?耳で何が分かるというんだい?』
それについては、まぁ待ってくれ。
2000年の世界の長瀬は、骨董品の店主だった。
それは話が進む骨董品とはまた別の店だ。
話がややこしくなるかもしれないが、まぁ長瀬がいたと言うことさえ理解してくれればそれでいい。
『―――つまり君は、その長瀬のことをずっと忘れていて、不意に思い出したわけだ』
その通り。
長瀬一族により、結びつけられた世界は僕にとってずっと憧れていた世界だった。
このお互いに独立した世界は、長瀬一族という1つの家系によって結びつけられている。
もし僕が“東村”ではなく“長瀬”であればとどれほど考えたことだろう?
しかし僕は長瀬ではない。
つまり、僕は長瀬一族と何も繋がりを持たないが故に、長瀬一族により結びつけられた世界と違う世界に存在している。
『―――なるほど。君は長瀬のいる世界に行きたかった訳だ』
その通り。
このお互いに独立しているはずの世界が実は繋がっていた。
もしかすると今――もしくは当時――の自分が存在している世界も、どこかで長瀬が存在する世界と繋がっているかもしれない。
そんな期待を抱いて長瀬に近づく為に努力を重ねてきた。
その果てが君の前にいる“東村”という人間の姿である訳だ。
でもいつのまにか僕は長瀬一族のことを忘れていた。
本当に偶然の話さ。
長瀬一族を僕が垣間見るとき、必ず同じ旋律が流れていた。
もちろん使っている楽器は、その時々によって違うし、音楽としては全くの別物だ。
でも彼らが長瀬たる所以なのか、共通するメロディーが存在していた。
そして不意にそのメロディーを耳にした。
その時思い出したんだ。長瀬一族のことを。
僕はいつの間に長瀬を追うことを諦めて、長瀬と異なる世界に進んでしまったのだろう?
結局、今、僕が日常として過ごしている世界は、長瀬がいる世界との間に決して越えることの出来ない壁のある世界なのだ。
でもこの世界にいる動機は、長瀬から貰ったものだ。
だから僕は長瀬の存在を忘れてしまっていてはいけなかった。
長瀬を忘れてしまうことは、僕にとって目的を見失うのも同じ事だから―――
『―――大丈夫だよ。まだ間に合うさ。君は今から長瀬たちを追いかければいい』
うん。
きっと長瀬はまだ待っていてくれる。
長瀬は、姿を変え、居場所を変えながらも厳然と存在している。
だから僕は今度こそ長瀬のことを忘れない。
長瀬の元へと行かなければならない。
『―――ところで、結局、長瀬って誰のことだい?』
ああ、肝心なことを忘れていたね。
長瀬って言うのは……
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