2005年09月15日

山陰不要論U

2.山陰総論(継続)
 そして最も大きなイメージとして砂丘(鳥取県)があると思うが、砂丘以上に非生産的な地域としての山陰を象徴するものは他にあるまい。砂は何も語らない。いわば石油の産出のない中東地域のようにただその土地を不毛なものにするだけである。

 以上から、山陰地方という地域は、概観において際だって評価出来る点を有さない地域であるということができる。


3.山陰各論
(a)鳥取島根同一論
 鳥取県と島根県は本質的に同一のものである。
まず鳥取県に焦点を当てて述べていきたい。
鳥取を平仮名で書くと「とっとり」である。
次に鳥取を構成する漢字「鳥」「取」に着目すると、「鳥」という字は常用(日常的使用)においては「とり」と読ませる。「取」という字は状況にもよるが「とっ」と使用する場合もあるだろう。
 つまり「鳥取」という名称は「取鳥」でも構わないのである。
ここから、鳥取という県名は取鳥と区別が曖昧になることから、県名としての固有性が揺らぐことが論証できた。


 次に島根県を論ずる。
 「島根」のうち「島」という漢字は鳥取県の「鳥」と極めて近似している。
故に「鳥根」と書かれていたとしても、よほどのサンイニスト(山陰主義者)でない限り、その差異を発見するのは困難である。
故に島根と鳥取はその名称の差異は極めて微少なものと判断するのが妥当であろう。

 ここから島根県と鳥取県は、両県が異なるということを客観的明確に論証しうる根拠にかけるといった事情が読み取れないだろうか?
仮に我々の眼前に「鳥根県」「取鳥県」「島取県」といった類の県名が提示されたとき、瞬時に正確にその過ちを指摘しうる人間は、1億2000万の日本国籍所持者のうちの少数に過ぎないのである。
 では、果たしてそこまでして困難な島根・鳥取両県を明確に区別する必要はあるのだろうか?
島根県と鳥取県は、隣接しているがその位置を勘違いするといった事例も多々報告されている。
これらの過ちの訂正は決して無償によって行われるわけではない。
例え金銭的負担は皆無だとしても、その過ちを発見し訂正するだけの頭脳労働的負担、さらには時間的負担を避けることはこの地球物理法則上不可避である。
毎回の訂正に関わるこれらの負担は微々たるものかもしれないが、それが全日本的規模、引いては全世界的規模になると相当な損失になるだろう。
考えて欲しい。
パリジェンヌにとってみれば、鳥取と島根の差などはどうだっていいのだ。

 よってこれらの損失を解消する為にも、鳥取と島根は統合され、同一のものとして扱われなければならないと言える。
posted by 東村氏 at 20:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 主張 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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