2005年10月02日

小説『国家非常事態宣言』 第1話

この作品は全てフィクションです。実在の人物、組織、団体とは関係ありません。



UPFG2005 Presents



東村 監督作品



国家非常事態宣言






軍務省情報局情報管制室

 時刻は深夜1時過ぎ。
煌々と蛍光灯の眩い灯りの下で当直の松伊中佐は、同僚らに隠れて欠伸をした。
彼の働くセクションは、全国に散らばる軍務省・国防軍の各施設からの緊急報告を受け取り、中央からの指示を下す部門である。

 室内では演習時ともなれば緊迫した空気が漂うが、先日、年度の最大イベントの総力有事演習を終え、幾分かゆったりとした空気に満ちていた。
 「おいおい、欠伸かよ」
振り返ると、同期の弘瀬中佐がコーヒーとおぼしき紙コップを二つ手に持ちながら立っていた。
 「おっと、これは良くないところを見られたなぁ。玉木大佐に見つかったらまた規律がゆるんでいると小言を食らうところだった」
お互いに軽く笑いあい、弘瀬からコーヒーを受け取る。
熱いブラックコーヒーで眠気を吹き飛ばさないと。
この退屈な夜勤はまだまだ続くのだから。
 「それにしても、」
弘瀬が続ける。
 「最近は静かになったものだな」

 冷戦の終結以後、深夜のスクランブル(緊急発進)はめっきり減った。
加えて、地方司令部の指揮権強化の方針もあり、わざわざ中央の指示を待たずに現場の判断や、基地の指令で動くことも多くなった。
 「ああ。だが、何もないのは何よりさ」

 退屈な夜勤も平和の証。
おかげで国民は安眠をむさぼることが出来る訳だ。
そうさ、俺たちは世間様に立派に後見している。

 「さて、じゃあ俺は仮眠に入るから。あとはよろしくな」
弘瀬が憚ることなく大きな欠伸をしながら部屋から出て行く。
松伊は軽く手を挙げ、彼を送り出すとコンソールに向かった。
するとあたかも彼がコンソールに向かうのを待っていたかのタイミングで、ブザーが大きくなった。
続いて赤い警告灯が点灯する。
松伊は反射的にマイクに向かう
 「こちら情報管制、何があった!?」
 「えーこちら軍司令部、只今軍司令長官権限で国家非常事態宣言が発令されました」

 国家非常事態宣言。
戦闘のみならず地震や大規模事件などの緊急事態が発生した際は、その規模などに応じて幾つかのランクが定められているが、国家非常事態宣言はその中でも最高ランクにある。
一体何が起きたのか……

 仮眠室に行ったはずの弘瀬もいつの間にか松伊の後に戻ってきていた。
 「状況は?」
せかすように松伊に問う。
 「いや、わからない。とりあえず国家非常事態宣言が発令された。司令部からだ。急いで緊急呼集をかけよう。マニュアルのチェックリストを任す。こっちは伝達文の起案を行う」
 「わかった。」
弘瀬は素早くロッカーからチェックリストを引きづり出すと、関係者に情報の伝達準備を急いだ。
45秒後には一斉放送システムを用いた国家非常事態宣言が全国へと伝達されていた。



 統合軍第3艦隊巡洋艦「いしづち」で当直に当たっていた八本大尉(通信長)は、中央からの国家非常事態宣言に驚き、慌てて艦橋へあがった。
 時ならぬ彼の出現に品津中佐が訝しげに顔を向ける中、大声で叫んだ。
 「本日0138、国家非常事態宣言が発令。総員緊急配置の上指示を待て!!」
品津は反射的に前にあったマイクを取り上げ、館内に告げた。
 「総員緊急配置!総員緊急配置!!本日0138、国家非常事態宣言が発令された。総員緊急配置の上指示を待て!!」
緊急配置に伴い、艦内の灯りが落とされる。
開け放した扉の向こうの廊下が暗くなった。
 「他に本部からは何もありません。通信室に戻り、新しい入電があり次第お知らせします」
八本は慌ただしく敬礼を済ますと、通信室へと戻っていった。
入れ替わるように香野准将が悠然と艦橋に姿を現した。
 「国家非常事態宣言とは穏やかじゃないね、何があった?」
 「まだ判りません。とりあえず規定に従い緊急配置だけはかけました。あとは陸からの連絡待ちです」
 品津の返答に納得した訳ではなかったが、陸上から連絡がない限り、今回の詳細情報を得ることが出来ないだろう。
香野はわかったと短く返すと、いつもの定位置―艦橋中央―に陣取った。
 遠く緊急配備につく乗組員の動きが一段落すると、緊張したままの待機となった。


 「こちら情報管制、先の非常事態宣言に関する詳細問い合わせが各地から続出している。一体何があった!!?」
松伊はマイク越しに、軍務省の通信官に向かって怒鳴りつけた。
非常事態宣言発令から35分以上も経過するのに、詳細情報が入ってこない。
前線からはこれからの指示を含めて様々な問い合わせが錯綜し、混乱していた。
スピーカーから困惑に満ちた声が響く。
 「情報管制、暫く待たれたい。追って返答する」
 「もう何回その返事を聞かされたと思ってるんだ!!早くしてくれ!」
弘瀬がぽつりと呟いた。
 「それくらいにしておけ、この様子だと向こうの通信官も情報を持っていないようだ」
松伊は不服そうな表情を残しつつ、弘瀬の方を振り返る。
 「いったい何なんだ。この騒ぎは。国家非常事態宣言だけ発令しておいて何の音沙汰もない……」
 点滅する、非常宣言警告灯の赤い灯りを忌々しげに睨み付けたとたん、地方から詳細問い合わせの通信が廻されてきた。


 「長官、国家非常事態宣言発令完了。部隊の配置が進みつつあります」
 長官――安河帝国軍最高司令長官は陣野副官の報告を受けるとすぐさま次の指示を出した。
 「よし、別名あるまで待機を命じろ」
 「はッ!」
 陣野は指示を伝えるべく、長官室に隣接した非常本部へ駆け込んだ。
安河は窓から眼下に広がる首都の光景を眺めようとした。
―――が、出来ない。
 (視力が……、ダメだ。戦況は悪化している……)
国家非常事態宣言の発動はやはり正しかった。
まさか軍の最高責任者たる私がこのような状況に置かれるなんて……!!
 「長官、大統領府から国家非常事態宣言の発動について問い合わせのお電話が入っておりますが」
扉から陣野が顔だけ出して、指示を仰いだ。
 「こっちに廻してくれ」
安河はデスクへと戻ると受話器を手にした。
 「長官、内線4番です」
4をプッシュすると、すぐに回線がつながった。
 「お待たせしました、私です。今回の宣言は私の裁量で発動させて頂きました。現段階では国家的な危機に私自身が直面していると言うことしか申し上げられませんが…」

 戒厳令さながらに武装された歩哨が軍務府付近にも配備され、全ての部隊がすぐに動ける状態を整えた今、国家非常事態に対する準備は完全に終了した。

続く


posted by 東村氏 at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 妄想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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