2005年10月03日

小説『国家非常事態宣言』 第2話


 巡洋艦「いしづち」艦橋は張りつめた空気の中、指示を待っていた。
しかし一向にその気配がない。
 「艦橋より通信、状況について報告されたい」
 「こちら通信、0二一一現在変化無し」
 「…だそうですよ、艦長」
ウンザリとした顔つきを隠すことなく、品津は香野艦長に告げた。
 「どうしたんだろうねぇ」
 「こちらから問い合わせるように指示してみましょうか?何か手違いでもあったのかもしれない」
香野の返答を待たずに八本通信長に陸上との交信を指示し、彼はコンソールに目線を落とした。
 (こんな手違いなどある訳がない。この非常事態宣言には裏がある……)
暫くして、八本から連絡が入る。
 「待機を続けられたいとの返答でした」
かくして「いしづち」は指示を待ち続ける―――


 「長官、よろしいでしょうか?」
控えめなノックと共に副官の陣野少佐が入ってきた。
鷹揚に頷くと、陣野はいつも通り落ち着いた足取りでデスクの前に立った。
 「何か進展があったのだな…」
 「ハイ、良い報せと悪い報せが一つずつありますが…」
安河は目を瞑り、椅子の角度を僅かにずらし
 「聞かせてもらおうか」
陣野はわずかに目線を逸らした。
 「特捜班を現場に急行させましたところ、発見されたそうです。
直ちに確保し、安全な場所まで移動させました……」
安河は目を瞑ったまま、先を促す。
 「しかし状態は極めて不安定で、現場の装備では元に戻すのは困難であるという報告が入っております」
安河はまだ沈黙を保ったままだ。
 「……そうか、ご苦労だった。また何かあったら知らせてくれ。
上には私自身から報告しよう……」
陣野は敬礼をし、踵を返した。

 安河はデスクの上の電話を取る。
手帳から直通電話番号を引く。
(クソ……見えないっ!!)
手帳を顔に近づける。
40cm……30cm……まだ見えない。
…20cm……見えた。
番号をプッシュする。
きっちり3コールでオペレーターが出た。
 「ああ、私だ。軍最高司令長官の安河だ。国家非常事態宣言について皇帝陛下に繋いで頂きたい。……ああ、私です。先ほど、特捜班から発見したとの報告が入りました。ええ、そうです。いえ……解除は出来ません。はい……発見されたときは既に大破していたそうです。」
彼の電話先にいるのはこの国の最高権力者。
公開されているのは唯一「皇帝」という肩書きのみ。
全ては謎に包まれ、元首たる吾妻村首相ですら、数えるほどしか会ったことがないという。
 「―――いえ、予算的には大丈夫です。私の裁量で動かせる機密費がありますから……はい、大丈夫です。痕跡は全て消せます。夜明けを待って、直下の技術部隊を動員するつもりです。……はい、わかりました。よろしくお願いします……では、失礼します」
安河は受話器を戻すと、再び窓外へと向かった。
 雲のない月明かりの明るい夜―――
そして彼の指揮する軍人達の心の晴れぬ夜はまだ空けない―――

続く


posted by 東村氏 at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 妄想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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