2005年10月16日

小説『国家非常事態宣言』第3話

 内閣総理大臣の吾妻村は、いらだっていた。
国家非常事態宣言が軍部から一方的に発令されたことも気に入らなかったし、なによりも彼を不愉快にさせていたのは電話の一本もよこさないことだった。
 「一体どういう事だ!私を差し置いて勝手なことを……」
既にこの段階で吾妻村は現在審議中の国家予算から国防費の報復削減を決めていた。
まぁまぁと彼をなだめる秘書の苦労はたいしたものであろう。
首相公邸の直通電話が鳴り響いた。
 「私だ。どうした……?」
電話をかけてきたのは首相直属の情報機関、『政策調整会議』の議長を務める佐和田からだ。
佐和田は独自のルートを使い、軍の内部から情報を調べていた。
 「何だと!!それは間違いないのか!!」
佐和田からもたらされた真相。
もしこれが真実ならば……


 「なあ、松伊―――――」
 話しかける弘瀬を手で遮り、松伊は傍受した通信の内容に耳を傾けた。
特殊な符号が使われている。デポット?なんだそれは?
軍務府本部からの出動要求、そして宮殿から承認……
通信が終了した。
 「弘瀬、デポットという符合に心当たりはあるか?」
弘瀬の表情がハッとし、強張った。
 「ああ。知っている―――」
松伊は無言で続きを促す。
 「デポット、つまりDEPOTとは国内特殊計画執行部隊、Domestic Extra Project Operartion Teamのことだ。」
 「まさか!!あのクーデター要員の特殊部隊か!! 」
弘瀬が頷く。
 松伊にはこの奇妙な国家非常事態宣言の裏が見えてきた。
どうやら軍務府の首脳部はクーデターを画策しているらしい。
 「噂には聞いたことがある。どこまで本当かわからん。ただDEPOTという名前で、いつでもクーデターを起こせる準備が整っているという噂、聞いたことがあるだろ?」
 弘瀬の言うとおりの噂を耳にしたことがあった。
そのデポットという名前こそ知らなかったが、同期の情報部に行った奴から存在の片鱗は聞いたことがある。
その同期、丈納は2年前に演習中の事故で死んだ。
いや、正確には行方不明になった。ただ彼は失踪と同時に二階級特進を果たした。

 松伊は自問する。
――――――丈納は消された?
 どうして?
――――――DEPOTの存在を知った為に
 では次はどうなる?
――――――俺がやられる。

 どうやら弘瀬も同じ事を思ったらしい。
 「なあ、弘瀬。丈納のこと、覚えてるよな?あの死んだ……」
無言で頷く。
 「お前、さっきの話、もしかして丈納から聞いたんじゃないのか?しかも奴が姿を消す直前に――――――」
弘瀬の目が松伊の推測を肯定していた。

 しかし判らない。
なぜこのタイミングでのクーデターなんだ?
軍務府最高幹部の連中がクーデターをする理由が見あたらない。
少なくとも、彼らが別の勢力と対立するような問題は起きていなかったはずだ。
松伊の推測は広がり続ける。
 胸元にあった携帯電話がブルブルと振動した。
発信者名を見て――――――戦慄した。
表示されてはならない名前。
内閣政策調整会議会長 佐和田隆
松伊は何食わぬ顔で携帯を内ポケットに仕舞うと、トイレに行くと言って部屋を出た。

 松伊は辺りに誰もいないことを確認すると、素早く通信用ヘッドセットのジャックを携帯に付け替える。
そして発信。
佐和田はすぐに出た。
 「原因が分かった。軍上層部と吾妻村首相の水面下での対立だ。君も傍受したとおり、DEPOTが動き出した。やつらは夜明けには全てを完了させるつもりだ。安河司令長官自身がはっきりと明言した」
 「私にどうしろと?」
 「君は軍の実働部隊の通信を一手に引き受けている。君を通じて吾妻村首相の特命でクーデター部隊を殲滅させるように働きかけて欲しい。」
 「偽の命令を出せ、と?」
 「いや、違う。これは正式な命令だ。全ての命令は吾妻村首相が首相権限で追認する。首相も又、軍統帥権を持っているのだよ。」
 「――――――」
 「松伊中佐、やらないと、君がやられるだけだ。よろしく頼む」
そして電話が切れる。

 松伊はしばらくとまどい、じっとリノリウムの貼られた廊下を見つめていた。
 ―――もう時間はない。
松伊は意を決すると、オペレーター室に戻り、マイクを掴んだ。
 「本部から全軍、本部から全軍―――クーデターが発生した。各員は反乱軍を無力化する為に自主的に行動されたい」

続く


posted by 東村氏 at 18:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 妄想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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