2005年10月16日

小説『国家非常事態宣言』第4話

 巡洋艦いしづちでは、品津中佐と香野准将が対立していた。
 「艦長、陸上からは明確にクーデターだと言ってるんですよ!自由に動ける我々が動かず誰が動くんですか!」
 品津は香野に詰め揺る。
 「待ちたまえ、我々はどこの指示に従うのか、まずはそこを明確にしなければならない。仮にもクーデター軍が既に実権を掌握したなら、彼らこそが正規の命令体系になる。落ち着け」
 品津は一端香野から距離をおく。
 「しかし艦長、陸上は明確に彼らをクーデターだと言いました。これは中央の司令部はまだ残っている証拠です」
 他の士官達は黙って様子を見守るばかりである。
 「艦長!決断を!!」
 艦橋が重苦しい沈黙に包まれた。
 「……よし、動こう」
 香野が告げる。
品津がすぐに、
 「攻撃命令と解釈致します、よろしいですね?」
 「ああ」
艦内の空気が一変した。


 軍の回線を傍受した佐和田は、自分の描いたシナリオ通りに事が運んだことを確認すると、ヘッドセットをはずした。
内務省警察庁に設けられた情報連絡室は、プライベート回線を除く秘匿回線を全て傍受出来るステムになっている。
あとはこの長い時間の緊張に晒され、暴発寸前の実働部隊が勝手に動いてくれる。
警察庁庁舎から外を眺めた。
 この眼下に広がる平穏な街に実弾が一発でも落下すれば彼の目論見は達成される。
軍は発言力を失い、吾妻村内閣は倒れ、市民に恐怖が広がり、国内が大混乱に陥る。
混沌の海を進むときに必要なツールはただ一つ、情報のみだ。
佐和田は吾妻村に取り入り、表向きは首相直属の、しかし実体は彼個人の情報機関を創りあげた。
軍上層部が不可解な国家非常事態宣言を出したとき、瞬間的に彼の頭の中に閃いたシナリオは完璧だ。
彼はこの偶然掴んだチャンスに感謝した。
情報を操作し、噂をもとに人々を、そして組織を操る。
彼にとって見れば、軍全体、政権全てがただの掌の上で意のままに踊らせる駒に過ぎない。
遠く瀬戸内海の方向から微かな光の筋が打ち上げられるのが見えた。



 安河司令長官は、全ての手配を終え、デスクにてようやくくつろぎを得ようとした矢先だった。
副官の陣野がノックも無しに駆け込んでくる。
 「長官!軍の指令が我々をクーデター扱いにしました!」
安河は冷静だった。
 「どういうことかね?」
 「先ほど、軍の斉送システムを通じ、クーデターの発生と現場判断による対処指示が出されました!!」
一体誰が……!!
安河はあまりの事態の変化に戸惑ったが、既に事態は動いている。
幸いにも自分はまだ冷静を保っている。
 「司令室に行く!!陣野副官、君はただちに全軍にその命令を取り消しを伝えよ。直轄部隊を固めろ!」
 「了解しました!」
陣野が駆け出す。
安河司令長官もまた、急いで階下の全軍司令室へと向かった。

 吾妻村首相は、公邸内に設けられた記者会見場にいた。
佐和田のセッティングにより国内主要メディアの当直記者達が集められていた。
国営放送を始め、民放各社も放送内容を変更しての生中継となった。
 「国民の皆さん、大変残念なお知らせです。先ほど、安河軍最高司令長官を中心とする一派がクーデターを起こしました。彼らは軍務府の建物内から、国家非常事態宣言を発令し、被民主主義的な手法にて我々の正義と平和を奪おうと画策したのです。私は彼らと断固戦います。国民の皆さん、そして良識或る統合軍の諸君、クーデターに屈さず我々の正義を守り抜く為に私に協力して欲しい!!」
 安河が全軍に打ち消し命令を出す直前、佐和田の勝利が決まった瞬間だった。
公共の電波に乗せられた吾妻村のアピールは、安河を反逆者の座に位置づけ、正統性を自らの手に納めるのに充分すぎるほどだった。
既成事実は創りあげた。
あとは軍が計算通りに動くかどうかだ……


posted by 東村氏 at 19:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 妄想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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