2005年10月17日

小説『国家非常事態宣言』最終話

 巡洋艦いしづちのほぼ中央部には、大きな煙突が聳えている。
それを見るまでもなく公式資料にも、いしづちの動力源はディーゼルと記載されている。
しかし実はいしづちは統合海軍が所有する唯一の原子力巡洋艦であった。
数年前に締結された伊予三島軍縮条約で、禁止された原子力艦は、重度の秘匿のもと、今治造船で秘密裏に建造されていたのだ。
このことを知るのは、当の乗組員と軍のごく一部だけだ。
 では真ん中に聳える煙突は何だ?
巧妙に偽装されたこの巨大な縦穴は、実は喫水線の下まで続く構造になっている。
 「艦長、準備が整いました」
緊張した表情を見せながら、品津が告げた。
 「うむ。……では攻撃を開始せよ!」
躊躇いを見せずに香野が宣言する。
 「攻撃開始!」
 「攻撃開始!」
 「攻撃開始!」
士官たちが次々と復唱する中、煙突から明るい煙と共に巨大な円筒形の物体が飛び上がって行く。
統合海軍、そしていしづちが誇る自己制御式ミサイルVnx-mkU型である。
目標は軍務府本庁舎。ミサイルは高度3500ftの低空を巡航し、目標命中精度98%という優れたスペックを備える。
CIC(戦闘指揮所)の巨大なスクリーンにはミサイルの航跡、予定進路、目標までの到達時間が映し出された。
命中まであと15分――――――
 


 軍務府司令室は、悲壮感に包まれていた。
 「司令長官!!Vnxが射出されてます!!ロックされました!!」
本庁舎の灯りは緊急を知らせる赤いものに変わっている。
そう、まるでこれから建物が血で包まれることを暗示するかのように。
 「Vnxを止める技術など存在しないっ……」
彼はかつての味方が放った決戦兵器の性能を充分に熟知していた。
もはや逃れる術がない。
唯一あるとすれば、航空部隊により打ち落とすしかないが、吾妻村首相の宣言はもうなされた。今頃自分につく部隊などあるはずがない。
もしあったとしても今からスクランブルをかけていても到底間に合わない。
いしづちが首都松山の近海にいた段階で、彼の運はつきていたのだろう。
 「諸君、私はもう既に反逆者だ。だが君たちまでも反逆者となる必要はない。全ての任務を解除する。そしてただちに軍務府から退去したまえ」
 シンと室内が静まりかえった。
 コンソールに座った1人が席を立ち、安河に敬礼をする。
答礼を返すと、彼は無言の内に部屋を去る。
次々と敬礼が繰りかえされ、やがて室内は彼1人となった。
既に館内にも退避命令は出された。
もうこの建物に残ったものは誰もいない。
 いないはず、だった。
廊下から近づいてくる足音。
副官の陣野が姿を現した。
 「馬鹿もん!!なぜ退避しない!!」
陣野は安河が怒鳴り散らす中でも、いつも通りの冷静を身に纏ったままだ。
 「長官、お届け物です」
そう言って迷彩色の小箱を差し出す。
安河は小箱を受け取り、開封して絶句した。
 「どうして……これを……?」
それはこの壮大な茶番劇の発端となったモノ。
 「こんなこともあろうかと、予備を用意しておいたのです」
―――予備だと……
それがあればこんな最悪の結末は防げたであろうに……
箱の中身は細い黒淵の眼鏡。
安河が普段愛用してるものと同色同型。
 「どうぞおかけ下さい。」
安河は陣野に言われるまま、眼鏡をかけた。
 「…見える。……見えるぞ……」
取り戻した視力。
安河が最後に見たのは爆発の閃光と、その中に佇む陣野の姿だった。



 松伊と広瀬は軍務府が炎に包まれる様子を目撃していた。
 「……どうです、綺麗なもんでしょう」
 背後から投げかけられた声。
振り返ると佐和田がいた。
 「松伊さん、ご協力頂き感謝しますよ」
妙に慇懃な彼の右手にはグロック17が握られている。
それを認めた瞬間に弘瀬が佐和田に向かい駆け出した。
デスクの横をすり抜け、地面に布施ながら間合いを詰めて――――――
 撃たれた。
勢いを失い、地面に倒れ伏す。
松伊は弘瀬と反対方向――壁と机の間――に身を伏せる。
 「至急処理しておいてくれたまえ」
佐和田が部屋を出る。
室内は静寂に包まれた。
何の気配もない。
 ―――いや、感じられないだけだ。
佐和田とその部下は暗殺のプロだ。最早自分は生き延びることは出来るまい。
 「ならば……」
松伊はポケットから本来は機密保持の為、通信機械の破壊に用いる手榴弾を取り出した。
こちらから見えないと言うことは向こうからも見えないと言うことだ。
腹這いになり、身体の下でピンを抜く。
―――よし。
 松伊は立ち上がり、腕を振り下ろす。
立ち上がった松伊の身体に無数の弾が撃ち込まれる。
松伊は意識を失いながらも手榴弾を床にたたきつけ、絶命した。
彼の身体は床に横たわることなく、足下からの強い衝撃に吹き飛ばされた。


 巡洋艦にいしづちは、ゆっくりと松山海軍港に向けて航行していた。
艦内はVnx-MK2の発の射出の興奮がまだ冷めやらない。
ワッチ(見張り)要員が大声で報告する。
 「10時方向から接近あり!」
灯火信号で、海上保安庁の船と識別出来た。
徐々に接近する海上保安船は、不意に進路を変えた。
 「!!雷跡がっ!!」
続いて二回に別れた大きな振動が船を揺さぶる。
至近距離での被弾。
 「艦長!!総員の退艦を!!」
品津の叫び声がブリッジに木霊する。
しかし総員退艦は発せられることはなかった。
いしづちは艦首と艦尾を共に上に――つまり船体の中心から折れる形で――漆黒の瀬戸内海へと乗員を乗せたまま沈んでいった。
 翌日、三津浜の海岸には品津と書かれたライフジャケットのみが流れ着いていた。



 軍務府のクーデター事件は当然の如く、大きな社会問題となった。
吾妻村首相は責任を取って退陣に追い込まれた。
退陣の翌日、吾妻村元首相は乗った車の首都高速で不慮の事故によりあえない最期をとげた。
 佐和田の目論見は見事に成功した。
しかしそんな彼も唯一の誤算があった。
吾妻村よりもさらに扱いやすい加藤(聡)党幹事長は、国会での首班指名を受けた。
だが、この大帝国を統べる皇帝が、彼の首相就任を拒んだ。
こんな事態は前代未聞であった。

 佐和田は、ついにタブーとされた皇帝暗殺を決意した。
そしてそれを最後に彼は、全ての記録から存在が抹消された。



 軍務府の残骸の片隅に、一つの眼鏡が落ちている。
フレームは曲がり、レンズが割れて到底使い物にならない。
そんなゴミとかした眼鏡は、かつてこの建物の最高責任者であった安河軍最高司令長官が身につけていたものである。
持主を失った眼鏡は、やがて瓦礫と共に葬り去られていった。


小説『国家非常事態宣言』 −糸冬−





posted by 東村氏 at 22:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 妄想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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