だうして無限さんなどと言ふ珍妙なる呼ばれ方が始まつたのか、それは歴史を紐解かねば分からぬ昔のことであるが、今も確かに無限さんは無限さんとして、大阪の片隅にゐるのである。
第壱話 無限さんのお昼休み
無限さんは會社員である。今風に言ふ処のサラリィマンである。無限さんの勤務は案外厳しい。朝は日の昇る前から家を出て、終電に乗つて家に帰れればまだまだ早ひ方で、時には會社に泊まることも屡々だ。無論泊まりの時は徹夜で働く。
無限さんを知る人は、無限勤労と之を呼ぶ。
だうして彼は働くのか? それは金のためである。
一晩勤労すると、無限さんは残業手当なる賃金をせしめることとなる。かうして稼いだ金は、概ねその日のうちにどこかへと消えてしまう。
無限さんの昼休みは短い。それは無限さんの勤労はまさに無限に続くものであり、上司や同僚が和気藹々とランチへと連れ立つてゐくなかで、一人黙々と勤労を続け昼休みが終わる最後の15分で、虎穴と称す本屋へと急ぐのだ。
大阪の驛の地下に広がる商店街を駆け抜けると極彩色の虎穴が或る。
虎穴には薄い本が所狭しと並んでいるのを、手当たり次第に買ひ求めるのが無限さんの平日の唯一の愉しみなのだ。
無限さんの午後は忙しひ。
上司や同僚の目を盗み、虎穴で買い求めた本をコソゝと読み漁るのだ。本の薄さを生かし、ファイルを見てゐる振りをして、ニヨニヨとした笑を浮かべながら、不審に思はれつつも、中身を読みといてゐく。時にはサァバァの様子を見に行くと称し、誰も近づかない倉庫の中でニヨニヨとするのである。
おほよそ全ての本を読み終わる頃、上司や同僚が家路につく中、「嗚呼忙しひ忙しひ」と呟きながらインタァネツトでにちやんねるを見るのが日課である。
かうしてゐるうちに嗚呼気が付けば今日も終電だ。無限さんは机の上に鎮座するフヰギユアのランカちやんに向かつてキラツと挨拶をすると、職場を一人で去るのだ。
続く