2008年12月14日

東村首相、有馬温泉を視察

神戸訪問中の東村首相は、予定されていた全ての行程を終え、阪急線の特急にて次の訪問先へと向かった。なお東村首相の有馬入浴は4年4ヶ月振り2度目の快挙。
posted by 東村氏 at 15:32| Comment(1) | TrackBack(0) | 外遊記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月13日

はいそこに住んでますよ ひがしむらです

どんなものにも影響されず、つねに自分を貫く東村です。
実は私は貴族です。魔法が使えます。平民の読者諸氏は、貴族の私が書いた文章を有り難がって読みなさい。


ここまで本題

ここから雑談

先日、所要の為数日間大阪方面へと行ってきた。
私の人生に関わる大切な用事の為、全てに優先するスケジュールを組んでみたが、その委細について記してみよう。

初日
神戸の中華街でフカヒレラーメンを食べる。
おいしい。
神戸のメロンブックスで買い物をする。
大阪駅前の大丸百貨店へ入るも欲しいもの特になし。

おみ宅に泊まり、ひだまりスケッチをみる。

2日目
神戸からJR神戸線にて姫路へ。
播但線にて和田山、山陰線にて餘部へ。
餘部鉄橋を視察後、鳥取へ。
鳥取大丸百貨店に失望し、当地の名物の蟹を食べる。
米が乾いていた。
なるほど、これが山陰か。
因美線で智頭へ。
智頭から特急スーパーはくと9号にて上郡へ。
上郡から姫路乗り換えの新快速電車で京都に到着。
京都といえば天下一品ラーメンの本店があることでも有名だが、京都駅前(八条口)にも支店があったので、大盛のこってりを頼む。
おいしい。
京都支店にて宿泊。
ゼロの使い魔を読み、ひだまりスケッチを見る。

3日目
京都市内を観光する。
ホテルグランヴィア京都のレストランでランチ。
京都らしい和風のミニコースがおいしい。
その後、徒歩にて三十三軒堂に向かい内部を視察。
同じく徒歩にて伏見稲荷大社を参拝。
17時30分頃入山し、19時20分頃に下山。
京阪電車にて4条へ。
東山花灯路の視察を実施。途中円山公園南方300m付近の甘味処にて抹茶サンデーを食べる。抹茶のホイップクリームがおいしい。
阪急の特急にて十三乗換で神戸。
ひだまりスケッチを見てから寝る。

4日目
朝起きてから、ひだまりスケッチを見て、大阪市内へ。
成城石井で切れかけていた紅茶を買い、旭屋本店で航空関係の洋書を購入し、前中野支店長と地下街の居酒屋で会談。
ドテ煮がおいしかった。
その後ヨドバシカメラを経由し、22時32分に大阪南港に到着し、同40分に出港。

以上を持って第32次大阪行は終了した。
posted by 東村氏 at 09:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 外遊記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月08日

C71冬季有明旅行記

12月27日

 朝6時に起床し、7時56発の伊予西条行普通列車に乗車する。
松山駅に出発の5分前という脅威的余裕を持って到着したのは、とても珍しい事態であると言える。
席に荷物を置き、一度、飲み物をホーム上の自販機で購入し、席に戻ると、何故かそこに、後輩XONYが座っていた。
聞けばこれから伊予和気までバイトに行くとのこと。
ほんの僅かな時間であるが、一緒に行動し、別れた。

 伊予西条までは定番の7000型。
伊予西条からは121系で坂出を目指す。
新居浜を出ると車内に他の客が居なくなり、ドア横のロングシート部分でC寝台と洒落込みながら読書に興じる。
もちろん大学生らしく、読むのは「マリア様がみてる」の最新刊だ。

 坂出で乗り換え虚無。
岡山行きのマリンライナーを待っている間にやってきたのは快速サンポート松山行。
5時間の走行時間のうち、高松から30分間だけ快速走行するという松山をバカにした快速列車である。
―――そうか、高松発松山行きの直通の普通列車なんてあったんだ。

 坂出からマリンライナーに乗ると、その車内はJR西日本の新快速となんら変わらない。瀬戸大橋を抜け、鷲羽山をトンネルで抜けると、都会岡山に到着した。
数分の待ち合わせ時間で、三原発姫路行の普通列車に乗り換える。
やってきたのは113系。この車輌にも随分とお世話になる。
慣れ親しんだ国鉄型の走行音と共に、さらに東へ。

 姫路から漸く新快速に乗り継ぐ。
堂々たる223系8連で山陽、阪神、JR神戸線の快速・普通を追い抜きながら130km/hの走行を楽しむ。
 天気も晴れ渡り明石海峡大橋が青空を背景に聳え、その上をUKBから離陸した飛行機が上昇していく。
まさに大都会。
愛媛では到底拝めない光景である。

 三ノ宮駅に到着。
ホームにて、おみと合流。
大きい荷物を掛けたまま、三ノ宮センター街を視察する。
とらのあなにて“鶴屋家の掟”を購入し、メロンブックスを軽く視察し、三ノ宮終了。
普通で六甲道へ。
日本橋銀行(コード:9152)から資金調達を実施し、財布の中に現金20Kを入れる。

※ K=10の3乗


 バスでおみ宅へ向かう。
そこで一度、大型の荷物を降ろし、一時間ほどの小休止の後、阪急六甲へ。
阪急の各停を西宮北口で特急に乗り換え、阪急梅田着。
梅田駅の事務室にて、スルッとKANSAIのすごろく(1000円)を購入している間に、京都から黎氏が到着。
旭屋書店で合流する。
 旭屋書店では最上階の鉄道書フロアで、ヘルパのカタログを購入。
コミケを控えながらも無駄に金遣いが荒くなる。

 旭屋を辞し、どこで夕食かと言うことを考えながら、気がつけばとらのあな梅田店にいる。
しかし何も買わずに、地下街を闇雲に歩いた挙げ句、結局最後に辿り着いた先は、ヨドバシカメラ梅田店である。
なんというおきまりのコース。
幾度ともしれず足を運んだいつもの場所に結局はたどり着いてしまうと言うことか。
 ヨドバシでは、ANA WING COLLECTION Vol.2を4つ購入。
これでまた官邸の1/500航空機モデルが無駄に増えることとなった。

 結局、ヨドバシカメラで散々時間を潰し、夕食にありついたのは2000を過ぎてから。
ヨドバシのレストランフロアで和食をチョイスする。結局夕食を食べるまでに費やした時間は2時間弱。
うん、いつも通りの優柔不断だ。
 和気藹々と東村批判が続いた夕食も終わり、ヨドバシの地下へ。
仕事を終えたほくと氏と合流を果たす。
 シアトル系カフェでケーキセットをオーダーし2時間ほど話し込む。
ちなみにこの場にいる4人は、私を除いて互いが初対面同志である。

 濃いヲタ話や社会の現実などを話しているうちにいい加減お開きの時間となる。
梅田駅で地下鉄で帰るほくと氏と「また来月」と別れの挨拶を交わした。
そして大阪駅で京都へ向かう黎とも別れ、おみと二人で新快速に乗車。
途中尼崎で列車が遅れ、芦屋に入線すると、反対のホームに停車していた普通列車の扉が閉まった。
これなら初めから大阪駅で快速に乗れば良かったと思いながら、10分程度の虚無。
芦屋から快速で六甲道へ到着すると、もう終バスが無い時間だった。
 仕方がないので徒歩でおみ宅へ向かおうとすると、スポンジが現れた。

 スポンジともう1人、おみと私という4人で六甲の山を登る。
途中でスポンジの連れが離脱し、3人でおみ宅へ。
何をするわけでもなくダラダラとし、適当に眠りについた。


(続ける)
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2006年10月14日

第27次東京旅行記録V

11 【厚木の朝】
 カーテンの隙間から漏れる光は、部屋の中を薄暗く浮かび上がらせている。
東村が目を開けると、手を伸ばせばすぐ届く距離にぷろふぇっさ(さくらい)が寝ている。
時計は朝の8時前を指している。
大丈夫、まだ余裕がある。
東村はまどろみの中へと引き戻された。

12 【代々木上原の制限】
 東村ら一行は、駅に向かって走っていた。
まだ時間があるさと悠々と部屋でくつろいでいたら、時間が足りなくなってしまったのである。
予め押さえておいた小田急HiSEの展望席、10:35本厚木発のはこねの特急券を無駄にしない為に、改札をくぐった段階であと3分。
ふぅ、と一息を着いてエレベーターでホームへとあがると、丁度はこねが入線してきたところであった。

 東村はいい年齢をしているにも関わらず子どもの様に、車内ではしゃいでいる。
隣の席に座った乗客が彼を一瞥し、失笑しているが彼は意に介していない様子である。
パムパム君も予想外の展望に、しきりに携帯で写真を撮影している。
デジカメで延々と動画を撮り続ける様子を見て、さて、ぷろでふぇっさ氏は何を思うのか―――


12 【新宿】
 先行する普通列車のせいで、特急は5分ほど遅れながら新宿駅に到着した。
小田急新宿駅の地下にあるTRAINSで小田急の下敷きを買い求め、ヨドバシカメラへ行く。
高速バスターミナルの横の道でいきなり東村が躓く。
器用にも、敷き詰めてある敷石の僅かなでっぱりに足を取られた様子である。
―――まるで、この旅行の行く先を暗示するかの様に。

 ヨドバシカメラの店内で鉄道模型やプラモデル、食玩などを見ている内にすぐに時間がたってしまう。
まさにヨドバシカメラは時間泥棒である。
東村は溜まったポイントでANA WING COLLECTION を買い求めている。(18個目)
彼は理解しているのだろうか?
そのようなことをやっているから金がなくなるのだ。



13 【上野】
友達の少ない東村ではあるが、それでも世界有数の人口密集地帯である東京首都圏には幾人かの友人が居る。
その1人と待ち合わせの場所は上野駅。
いつも通り約束から10分ほど遅れ、東村は上野駅に降り立った。
改札付近で東村を待つのは、一見ヲタクには見えない学生風の若者。
事実彼はヲタクではない。
東村と7年以上も会っていない小・中学校時代の友人である。
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2006年10月13日

第27次東京旅行記録U後編―Side;P―

9 【晩餐風景】
 いつまでたっても片づかない。
それは東村氏が蟹雑炊をいつまでたっても食べないからだ。
「食べないなら冷蔵庫にしまおうか?」
まるで子どもの相手をしている気分になる。
「いや、食べる食べる」
そう答えはするものの、いつまでたっても食べる様な気配を見せずに、ダラダラと彼は床に寝そべっている。

大体、東村氏は普通に食べるのも遅いのに、加えてコレだ。
既に日付は変わっている。

僕は幾度目か分からない催促をすると、ようやく彼はのっそりと起きだし、食事を始めたのであった。

10 【就寝体制】
ゲストであるパムパム君にベッドを譲り、僕は床で寝ることにした。
東村はそこら辺に転がしておけばいいだろう。
「ぷろさんや、冬用の掛け布団をおくれ」
東村がそんなことを言い出した。
まだ10月だ。冬用の布団を出すには少し早い時期。押入の奥底に閉まってある。
出すのが面倒。全く持ってコイツは……

だがそこで最終的に出してやるのが僕の優しさだ。

歯を磨き戻ってくると東村は、服も着替えないままに、まるで太巻きの様に冬用の布団にくるまって間抜けな寝顔を晒していた。
………散らかした段ボールとか片づけろよ……

 さて、僕も寝るかと思った頃に大学の友人から電話がかかってきた。
今から原付で夜のツーリングに行くという。
東村を家に置いたまま出かけることに抵抗はあったが、まぁ寝ているし、大きな問題は起きないだろう。
 パムパム君に気を遣い、そっとアパートから抜け出すと、綺麗な大きな満月が低い空に浮かんでいた。
posted by 東村氏 at 15:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 外遊記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第27次東京旅行記録U―Side;P―

7 【本厚木駅】
 僕は本厚木駅の改札内で、待ち人をしている。
そう、今日は彼が来るのだ。
東村 光。
知る人が知る彼は、秋葉原大学の助教授を自称し、周囲の人間には萌学研究会の総裁と呼ばせている少し頭がアレな人だ。
頭上からゴトゴトと重たい音が響き、彼らが乗っているであろう列車が到着したことが分かった。

 夜の10時を廻って少しばかりの上り列車から降りてくる客などそうはいない。
パラパラと降りてきた客に混じって、ヲタくさい茶色のジャケットに身を包んだヲタオーラをまき散らす後ろ姿を見つけた。
 
 「首相ー」
 声に反応して振り向いたのは、2ヶ月ぶりに見る東村だった。
何も変わることのない彼の横に、以前に一度だけあったことのあるパムパム君が立っていた。
「こんばんわ。ぷろふぇっさです」
そう、今日はパムパム君も僕の家に泊まるのだ。
東村に勝手に支店認定された、僕のすみかに。

 東京郊外の汚い街並み。
地方から出てきた自分には、少し住むにくさを感じる駅前を悠々と東村が歩いていく。
けばけばしいネオンにチェーン店ばかりが広がる本厚木の駅前は、帰宅客でそれなりに賑わっていた。

 途中SATYによって、お客さん2人分の食糧と飲み物を買い込む。
東村なんぞどうでもいいが、せっかく松山から出てきたパムパム君の為だ。
夕食は奢りにしよう。
……ちゃっかりと東村も一緒に会計を通し、二人分の夕食を奢ることになった。
いや、別に文句はありませんよ?


8 【闖入者】
 家の鍵を開け、客を中に通す。
もう今年になってからだけでも3回は来ている東村は、勝手知ったものとばかりに、いきなり蔵書のコミックに飛びついた。
対してパムパム君は礼儀正しく、部屋の中で静に佇んでいる。
―――なんだよ、この違いは。

 パソコンを付け、しゃちょうをskypeで呼び出すと、東村が食いついてきた。

 パムパム君の為に夕食をすぐに食べれる様に電子レンジに掛けたり、インスタントの味噌汁を準備する。
少し台所で作業し、居間に戻ると、簡単に片づけてあったはずの居間が散らかっていた。
その中心にはもちろん東村の姿。

ああ、もうこのイラナイ子はーーーー!

 部屋中に飛び散った段ボールとパッキン材。
乱雑に広がるコミック類。
中途半端に鞄からはみ出た着替え類。
僕は密かに嘆息しながら、パムパム君に夕食を差しだした。


※ ここのぷろふぇっさ氏の心情描写は全て架空のものです。実在のぷろ氏とはあまり関係がありませんよ、多分。
※ ここの東村氏の行動描写は全て実在のものです。あなたのよく知る東村氏の日常の行動を想起しながらお読み下さい。
posted by 東村氏 at 00:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 外遊記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月12日

第27次東京旅行記録

1 【要旨】
日時:10月7日06:00〜10日08:10(うち車船中2泊)
訪問:東京、厚木、横浜、京都、大阪

 朝6時。
 まだ夜の帳の明け切らぬJR松山駅前に所在なさげに2人のヲタクが立っている。
 HNオギャンと雨虎。
 彼らは萌学研究会のメンバーにして、東村主宰による第27次東京旅行に随行するメンバーである。
程なく、彼らの元にもう2人が駆け寄ってきた。
東村氏とパムパム君である。
彼らは合流すると、幾分か慌てた様子で改札を抜け、跨線橋の越えた先に止まっている普通列車(7000型3連)に乗車する。
 6時2分。
彼らが乗り込んでから間をおかずに扉が閉じ、多度津行きの普通列車は松山駅を発車する。

 そう、いつも時間にギリギリな東村旅行の法則は、今回もまた発動したのであった。


2 【四国脱出】
 四国の電車は遅い。
10月上旬ともなれば、朝夕は少し寒いくらいで、電車の中も暖房を効かせていたが、逆に暑いくらいだ。
東村は走行中の車両の窓を開けると、めざとく車掌に尋ねられた。
「お客さん、寒いですか?」
「ええ」
「じゃあ暖房切るから窓閉めて下さい」

彼の一挙手一投足は、どうやら監視されている様子だ。

 電車は東へ東へと単線の線路を走って行く。
途中、新居浜付近で通学の高校生が乗ってきた。
うち1人が車中で熱心に参考書を読んでいる。その姿、約15%ほど長門が入っている様にも見えるが、その旨をオギャンに告げたところ、一蹴された。

 東村が人が少ないのをいいことに、ロングシートに寝そべったりしながら4時間がたち、10:01に多度津駅に到着。
10:02発の高松行に乗り換え、10:17に坂出着。
10分少々乗り換えの時間があるので駅前のSATYへ。
 案の定、東村は買い物に時間を掛けすぎ、走りながら坂出駅に戻ると、10:27発の岡山行快速マリンライナーに駆け込んだ。
車内は程良く混み合い、4人がまとまって座ることが出来ない。
適当に散らばり、11:07に岡山着。

 来るたびに目まぐるしく発着番線の変わる岡山駅から今度は相生行きの山陽線普通列車で出発する。
出発直後に新幹線が右手からゆっくりと走り出した。
加速度の遅い新幹線だ。
700系と言えども115系の鋭い加速にはかなうまい、ざまあみろと思っていたら新幹線と在来線の交差する辺りで悠々と抜かれて、東村は萎えた。


4 【西日本】
 相生から乗った新快速は快調に京阪神を飛ばしていく。
台風一過の青空から容赦ない日差しが降り注ぎ、降ろしたブラインドにぼんやりと明石海峡大橋のシルエットが浮かんでいた。
神戸、大阪を経て京都へ。
乗り降りで入れ替わる乗客の並に紛れて東村一行もまた、京都駅にて電車を降りた。
 14:39発こだま592号東京行。
これに乗るまで後20分ほど時間があるね、と一端改札口で散会し、遅めの夕食や切符、お土産などを名々が買い求める時間に充てた。
幹事でもある東村は、新幹線の切符を券売機で押さえると、時計をみた。
 ―――大丈夫、まだ10分以上もある。
集合場所の新幹線口とは正反対のJR伊勢丹の地下へと足を向けると、関東で配るお土産を見繕い始めた。
 一体何が悪かったのか。
集合時間がギリギリすぎたのか、改札からホームまでが遠すぎたのか。
それとも東村が集合時間に遅れたことが原因だろうか?
4人は新幹線ホームへ向かうエスカレーターを駆け上っていた。
先頭を行く東村が追ってくる3人に叫んだ。
「もう列車来てるよ!」
300系のグリーン車が目の前に止まっている。
だめだ。手元の切符は自由席……
こんなエグゼクティブな車両には乗れない。
例によって乗車と扉が閉じるまでは一瞬の間をおくのみ。
何はともあれ、新幹線に乗り込んだ。

 流れゆく車窓は新快速よりもあからさまに早い。
流石は新幹線。300系こだまと言えども、スピードは在来線の比ではない。
このまま乗っていけば随分と早い時間に東京に到着しそうなものだが、次の米原で下車をする。


5 【東海】
 米原で待っていたのは国鉄型117系だった。
スプリングの効いた転換クロスシートにゆったりと腰掛け、30分間のローカル線の雰囲気を楽しむ。
大垣到着。ここからは名古屋都市圏の新しい主役313-5000に乗車する。
新車の香りが抜けきらないこの列車に揺られて、次は浜松まで直通だ。
岐阜を抜け、名古屋・金山を越える。
蒲郡まで来て不穏な減速。
どうやら強風のせいか制限が発令されている様子だ。
…これは困ったことになった。
東村は内心で思う。

 そもそも京都−米原で新幹線を使ったのは、静岡発19:35の東京行きに間違いなく乗車する為だった。
しかし今ここで、浜松到着が遅れてしまうと元も子も無くなってしまうではないか。
鷲頭を過ぎ、弁天島が近づいてきても遅れは取り戻せない。
しかし車内放送は希望をもたらした。
浜松からの接続列車が待っているというのだ。
約8分遅れて浜松到着。
既に熱海行211系は、待っていたが、車内は大変な混雑である。
 とりあえず手近な扉がから飛び乗ると、何か既視感を感じさせるかの様なタイミングで扉が閉まり、慌ただしく夕陽に染まる浜松を後にした。

 だが混んでいるのは今乗っている3号車だけの様だ。
先頭車両に行くと、立ってる人がいないどころか、座席がポツンポツンと空いているくらいである。
纏まって座るほどの空きはないので、また、各人が適当に座る。
やはり静岡県は辛い。
いつまでたっても静岡に着かないのだ。
まだ焼津だ。まだ掛川だ。
窓の外は暗く、まるで朝の松山駅のような風景となっている。
もう12時間以上も立っているのに、彼らはまだ静岡県にいる。



6 【東日本】
 静岡に着く頃には、発車の遅れも取り戻していた。
30分弱の乗り換え時間。
駅のスーパーで夕食を買い求める。
神の足跡と呼ばれる値引きシールのついた食糧を中心に買い漁る。
当地名物の鰻をよほど買い込もうかと東村が四苦八苦している。
店員に電子レンジの所在を聞いたりしていたがやがて諦めたらしい。
普通に和風ハンバーグ弁当を買い込んでいた。

19:35の東京行に合わせて、ホームへ向かうとまだ入線していなかった。
どうやらこの列車も遅れるらしい。
出発は19:43。
373系のリクライニングシートは夜行以外で乗るにはそれなりに快適である。

とりあえず食事を終えると、席を向かい合わせにして暫し大富豪に興じる。
やたらと革命が連発される大富豪で時を過ごしている内に丹那トンネルを抜け、いよいよ関東に突入する。

途中小田原にて、東村とパムパム君は、オギャン、雨虎と別れ、小田急線へと足を運んだ。
21:35発新宿行さがみ95号。
これが彼らの最後の乗り換えだ。
東村氏は長旅の疲れも見せずに、初めて乗るEXEにはしゃいでいた。

22:04、さがみ95号は本厚木駅に到着した。
僅かな停車時間のうちに、列車から降り立った二人は、改札を抜け、今宵の宿主ぷろふぇっさ(さくらい)氏の出迎えを受けるのであった。
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2006年05月16日

岩手ルミナリエ旅行記 終

これまでのあらすじ

東村氏は東京盛岡神戸を経由し、大阪市営地下鉄心斎橋駅で電車を降りたのである。以下詳細
posted by 東村氏 at 01:40| Comment(3) | TrackBack(0) | 外遊記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月15日

岩手ルミナリエ旅行記7

12月10日
目が覚めると、外は幾分かの曇り空だった。
ノソノソと布団から出て、入り口の新聞受けを覗くとJapanTimesが届いていた。
朝食のパンと紅茶を飲んでいるうちにNT氏も起きてきた。

10時前、NT氏は大分に鳥取経由で帰る為、一足早く出発するという。
廊下まで見送りに出る。
また近いうちの再会を約束して、私は遠来の友人と別れたのだった。

11時頃になり、スポンジから電話。
そろそろ到着するというので、とりあえず部屋まで来て欲しいと告げる。
私はまだ寝ているマ氏を起し、軽くシャワーを浴び、身だしなみを整える。
髪を乾かし、ネクタイを締めたところで、スポンジ一行が到着した。
おみ、スポ、そしてパムパム君の3人を加え、皇帝・軍曹の部屋を見に行く。
彼らの部屋は私たちの部屋の反対側、丁度南海電鉄の線路を見下ろす方向を向いていた。
遠くに通天閣が見える。
もちろん日本橋電気街も一望出来る。
日頃、歩き回っているエリアを上から見下ろすという新しい視線を楽しんでいると、今居る部屋からとらのあななんば店がダイレクトに見えることに気がついた。
なんだ、これは何かを暗示しているのか?

そろそろチェックアウトの時間が迫ってきた。
忘れ物がないことを確認して出発する。
高い天井の静かなフロントから外へ出ると、幾分か冷える。
そして遠くにゴミゴミとした市街地が見える。
―――大阪だ。

日本橋を見るに辺り、ヲタグループとパソグループに分かれる。
ヲタグループは私とパムパム君、そしておみの3人だ。
とらのあな、メロンブックスと回るが、コミケをあと2週間後に控え、めぼしい出物がある訳でもない。
途中でメロンブックスの場所を勘違いしたが、パムパム君に助けられた。
うぅむ、もう少し日本橋の地理も勉強しなければ……
結局つつみあかりの成年コミックを買って終了である。
そしてジョーシンのキッズランドへ。
鉄道模型や食玩をチェックすると、JR東日本の駅の発車メロディCDが売っているじゃないか。
手堅くゲット。これで大阪にきたメリットが果たせた気がする。


道頓堀でスポンジと合流。
さて、昼食に何を食べようかと吟味するもなかなか決まらない。
相当に悩んだ挙げ句、ラーメンを食べることとなった。
またラーメンである。
幾分過食症気味ではあるが、食べてみれば案外食べれるものである。
替え玉を頼んだいるしているうちに例によって私がまた一番最後だ。
そんなに食べるのが早くないとはいえ、毎回のように他の人が食べ終わっている中1人だらだらと食べ続けるこのパターンに慣れてしまえば人を待たせることに次第に抵抗感が無くなってくる。

…………これからはもっと早く食べるようにします。


昼食を終えたところでやることが無くなる。
マ氏、すぽの次のスケジュールの関係で余り時間もない。
そこで
個人的に気になっていた新装開店したそごう百貨店の心斎橋店を見たいとリクエスト。
他に行く当てがある訳でもないので、了承された。
御堂筋を北上する。

雑談をしながら暫く歩くと、大丸百貨店、そしてそごうが見えてきた。
そごうのマークを見ながら、あの形は相似であるとマ氏が理系らしい発言をする。
……中学生レベルの知識ではあるが。

そごうに入ると広大な吹き抜けと、百貨店に相応しい雰囲気に満たされていた。
とりあえず地下の食料品売り場へ。
紅茶を見繕うが、うぅむ……見たかった店はここには入っていないようだ。
ここで何名かがトイレに向かう。
その間、エスカレーター周辺の店を見ていると松山銘菓の一六タルトが売っていた。
わざわざ大阪まで来て一六タルトである。萎えた。

トイレ組が戻ってきたのを待っている間に、札幌のノバス氏に連絡をとり、探している紅茶の店が隣の大丸にあることを確認。
大丸へ移動する。
途中で、パムパム君が弟と梅田で会うというので別れる。
心斎橋駅の改札口とは逆の方向に彼は去っていった。
地下2階のさらに奥まったところにその店はあった。
折しもクリスマス商戦の始まりの時期である。
当然この店にもクリスマスを意識した紅茶がある。
50g950円(缶込み)という割と高めの値段設定されたクリスマスティーを購入すべく、店頭の商品一覧を見ると、なんと品切れている。
わざわざここまで来たのに!

諦めて帰ろうと思ったとき、ふと見ると別の名前で探している銘柄があることに気がついた。
何のことはない。
似たような名前だったので間違えただけだったのだ。
こうして紅茶を購入。

まだ多少の時間があるのでどこかでお茶を飲もうという話に。
始め、大丸の喫茶店を見てみたが、どうにも混んでいる。
一度デパートを出て、向かいに聳えるホテル日航大阪のティーラウンジを覗くとこちらも満席。
仕方がないので、再度道路を渡ろうとタイミングを計っていると、マ氏が不意に単身で道を渡ってしまった。
いや、いかに赤信号でも信号を渡る大阪とは言え、御堂筋では流石に危なかろう。
残された我々は、地下道を通りそごう前に戻った。

そごうの一階に掲示されたフロアの案内図を見ると、3階にウェッジウッドの直営の喫茶店があるじゃないか。
以前に名古屋を訪問した際、JR高島屋セントラルタワーズの中に入っているのを見つけたが、満席で入れなかった。
これは是非とも行きたい。
そして3階へ行くと幾分かまたされはしたが、漸く席に着くことが出来た。
クリスマスティーとスイーツで1人当たり約1300円。
だが値段相応に落ち着いた時間と美味しい紅茶が堪能出来ると考えると安いものである。

決して長くはない時間であったが、この間にマ氏はスポンジから20000円を借りるという話をまとめあげた。
私が立会人となり、公債を発行する。
何故か常に印鑑を携帯しているスポンジが判をつき、マ氏が拇印を捺印し、契約が成立した。

ウェッジウッドを後にする。
心斎橋駅で地下鉄に乗り、淀屋橋まで移動する。
マ氏とスポンジはそのまま梅田まで乗車し阪急に乗るという。
淀屋橋駅に停車する車内で別れた。
マ氏はこのまま札幌に帰る。
「じゃあ、また来月」
マ氏の声を背中で聞きながら電車を降りた。
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2006年05月14日

岩手ルミナリエ旅行記6

これまでのあらすじ

新幹線『のぞみ』は静岡県内では止まらないのだ。



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2006年05月10日

岩手ルミナリエ旅行記5

これまでのあらすじ

東村氏は盛岡市で眠りについた。


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2006年05月07日

第6次長崎旅行記録

5/3
2155 松山発小倉行関西汽船便(フェリーくるしま=奴隷船)
※ 予約無しの為、臨時席(=奴隷席)

5/4
0500→0711→0816(少々遅れ)
小倉市内の吉野家にて朝食後、リレーつばめ7号(787系11連)にて博多へ。
博多にてマクスウェル氏(UPFG福島)と合流

0900→1058
かもめ5号(白い)にて長崎へ
※ GW混雑の為、快適な移動を実現する為にグリーン車利用

長崎駅→新地(昼食=皿うどん)→オランダ坂→香港上海銀行→眼鏡橋→休憩(カステラ)→宿舎
宿舎→女神大橋→長崎駅(夕食=オムライス)→宿舎
※ 女神にてバス下車、徒歩にて女神大橋横断。造船所側からバスにて駅へ。

宿舎→思案橋→宿舎(泊

5/5
宿舎→グラバー園横(通過)→大波止・夢彩都→ホテルニュー長崎(昼食=コース料理)→長崎駅
※ 夢彩都で母の日セール開催。
便乗しWEDGWOODティーカップ140000円分購入(生活必需品)

1530発かもめ18号(白い)にて博多へ

博多駅→宿舎(チェックイン)→ヨドバシカメラマルチメディア博多→天神(夕食=一蘭 #味集中システム)→とらのあな福岡店→キャナルシティ博多(最終の噴水鑑賞)→博多駅→宿舎

5/6
宿舎→福岡空港
※ マ氏見送り、0900のセントレア行ANA便
※ YSが2機離陸→無くなる前に乗りに行く〜徳島行きらしい

福岡空港→天神
※ ショッピング

岩田屋→三越→大丸→ジュンク堂→メロンブックス→とらのあな→リンガーハット(昼食)→ジュンク堂(再)→大丸(地下)→博多駅

※ メロンブックスは4000円、とらのあなは750円
※ 大丸(地下)は紅茶購入(550円) 共に必要経費
※ リンガーハットで長崎チャンポン

1604発のソニックにて小倉へ。
※ 青ソニックを期待したが、883系原型7連。だが乗り納めと思いセンターのセミコンパートメントに着席

1644小倉着
小倉駅→伊勢丹→メロンブックス小倉店→井筒屋→リバーウォーク→ブックオフ→小倉駅→港

※ 伊勢丹でポイントカードに入り損なう〜次は入会
※ 井筒屋の下に資生堂パーラー→カードを忘れないこと
※ リバーウォークで想定外出費(8000円)
※ 小倉は大雨でした
※ 坦過市場のブックオフの近くに24時間のスーパー。牛乳を購入。
※ そういえばクエスト行かなかった→ジュンク堂行ってるから問題なし。
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2006年04月26日

岩手ルミナリエ旅行記4

ここまでの粗筋

東村氏は東京経由で、岩手県盛岡市に到着した。



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2006年04月25日

岩手ルミナリエ旅行記3

12月8日

これまでのあらすじ

東村氏は東京に到着したので、とりあえず初日のスケジュールをこなし、上野の宿へと向かったのである。



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2006年04月24日

岩手ルミナリエ旅行記2

これまでの粗筋

東村氏は、用事があるのでとりあえず松山から全日空便にて東京へ行き、京急と東海道線を使って東京駅に到着したのだった。


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2006年04月23日

岩手ルミナリエ旅行記1

12月7日

いつの間にか日が暮れた初冬の大学構内では、講義棟から煌々と蛍光灯の明かりが漏れていた。
その蛍光灯の照らし出す空間に私はいた。
近隣の席の学科の友人が先週京都に行ったからと、私に八つ橋をくれた。
ふと時計を見ると時刻は17時50分。程なくチャイムが鳴り響き授業の終わりを告げた。
―――嗚呼、これで今日の授業も全て終わりだ。
私は貰った八つ橋を鞄を放り込むと友人に一言挨拶し、教室を後にした。

課外活動で使っている部屋にふらりと立ち寄ったのが、18時丁度のこと。
簡単に必要な資料をプリントアウトし、大学正門に向かったのが18時10分。
既に正門には友人と、彼の母親の運転する車が待っていた。
車に乗り込むと、景色が後に流れ始める。

夜の松山市街はラッシュ時にかかり、幾分か混んではいたが渋滞するほどではない。
そもそも松山如き地方都市に渋滞するほど車は存在していないのだと言うことに気づき、改めて自分の住む街のローカルさを実感した。
―――早く都会に帰りたい。
小説坊ちゃんを記した夏目漱石は、松山の田舎に耐えきれず、すぐに熊本へ転勤してしまったという。
私もかの文豪の足跡を辿り最後は東京へと出たいものだと思いながら、夕暮れの松山の街並みを眺めていた。

30分ほどで、車は松山空港へと到着した。
19時15分発の全日空の東京行き最終便への搭乗手続きを終えると、10分程待たされて、登場開始となった。
機材はBOEING747Classic。正式にはB747-SR81。
このアッパーデッキの短い機体も、あと半年もすれば退役してしまう。
そう考えればこの機材にあたったのは幸運なのかもしれないが、実のところ、B777に乗ってみたかった。
搭乗口には長蛇の列が出来ていた。
全席指定の飛行機だから、急いで乗っても良い席に座れるという訳でもあるまいが、そこは人情なのだろうか?
私は待合室の椅子にゆったりと腰掛け、鞄の中を整理しているうちに列は短くなった。
出発予定時刻の5分前。
私は鷹揚に席から立ち上がると、搭乗口の改札機にチケットを通した。

機内はそれなりに混んではいたが、満席と言うほどではない。
窓側の3列に友人と共に座る。
窓の外には大阪行きとおぼしきDHC8-400が見えた。
タキシングが始まる。
前方のスクリーンではエマージェンシーデモが上映され、そのうち、ノーズギアからの映像が映し出された。
ベルト着用サインが明滅すると、いよいよ離陸だ。
エンジンが轟音をあげ、するすると飛行機が走り出した。
だんだんと頭があがると不意に滑走路から飛びだち、Gがかかる。
窓の外では松山の灯りがちらばっていたが、程なく見えなくなった。

近代文化文明都市東京へ向けて順調に飛行機は上昇していく。
Good Times fly―――
快適な空の旅は、忙しい日常の中で一息付ける貴重な時間だと思う。
ベルト着用サインが消えると、ドリンクサービスが始まる。
期間限定でチャイがあるあらしい。
一杯頼んでみたが、ほどよい甘さが美味しかった。

さて、機内で友人と共にこれからの打ち合わせ、そして片づけなければならない問題の打ち合わせを行う。
どうやら一休み出来る時間は、一杯の飲み物を飲み干して終わりのようだ。
やらないといけないことはまだまだ残っている。
折角窓側に座ったが、その景色を殆ど見ることなく、資料を見ながらの1時間。
やがて飛行機が降下をし出すと、浪人中から何度も見慣れた羽田空港の様子が見えてきた。
千葉と川崎方向に広がる工業地帯の灯りが次第に大きくなってくると、飛行機は東京国際空港に着陸した。

羽田空港第2ターミナル。
開業から一周年にして初めて利用することとなったが、案外これは良い。
拠点空港だけあって、ボーディングブリッジから到着ロビーまでいささか距離が長すぎるが、まぁ仕方あるまい。
間接照明が多用されたこのターミナルビルはお洒落な感じが漂い、ビジネスライクな第一ターミナルより、良い雰囲気を醸し出していた。

手荷物受け取り口をスルーして、京浜急行の駅へと急ぐ。
財布の中からパスネットを取りだし、改札をくぐる。
……振り返ると、同行の友人はまだ券売機の列に並んでいた。
大学生たるもの、常にパスネット、スルッとKANSAIそしてSUICAは常に財布の中に常備しておきたいものだ。

赤い電車に乗って、でっかい東京へ。
エスカレーターを下ると、そこに待っていたのは、赤い電車の線路の上を走る、青い京成電車だった。

羽田空港駅を出たのは21時。
一夜にして配線が変わる摩訶不思議な京急蒲田駅まで各駅に止まっていく。
成田空港行きの急行電車。
ああ、いつも乗る快速特急なら途中の立会川なんか通過してくれるのに、今日ばかりは停車しなければならない。
下り線では全席指定のWing号が駆け抜けて行く。
ノルウェー製のクロスシートに憧れながら、現実は通勤型のロングシート。
ああ、せめてこの車輌が京急新1000型かC-flayerならばと思いながら、それでも列車に揺られているうちに、品川インターシティのビル群と品川プリンスホテルが見えてきた。
そういえば2005年は品川プリンスホテルに泊まらなかったのか。
たまにはそんな年も会っても良いかと考えているうちに、JR線をオーバークロスし、列車は品川駅に到着した。

電車を降りると側面の種別幕がエアポート快特になっていた。
この先都営浅草線と京成線内はエアポート快特として走るのだという。
私が降りたとたんにこれか。
京急線内も快特として京急蒲田、品川、泉岳寺以外の駅をすっ飛ばしてくれれば良かったのに。
京浜急行電鉄株式会社は私に何か恨みでもあるのだろうか?
それとも田舎者に対する都会企業の厳しい仕打ちなのだろうか?
そのうち短い停車時間は過ぎ去り電車は泉岳寺に向けてトンネルの中へへと消えていった。

階段を下りて、一度高輪口へ。
いつもお世話になる成城石井を横目にエスカレーターで再度2階へ。
財布に輝くオレンジのモノレールSUICAに1000円チャージ。
すると地方から出てきたとおぼしき初老の婦人にSUICAのチャージの仕方を尋ねられる。
松山から来た田舎者臭さを隠しながら、東京人を取り繕って使い方を教える。

嗚呼、私はいつの間にこんな小さな存在になってしまったのだろう?
東京に住んでもいないのに都会人を気取るだけの矮小な存在。
その取り繕った仮面を取り除いた真の姿は只の田舎者。
地下鉄も無ければ、ヨドバシすら身近にない存在。

だが―――今は東京にいる。
そうさ、私は堂々と凱旋してきたのだ。
首都東京に。

ほらその証拠に私の背広の胸ポケットにはタバコの代わりにボンタンアメが入っているではないか!
(編注:東村氏は首都圏を訪れる度に、ボンタンアメを一箱ポケットに常備するという習慣がある)

私は気を取り直すと切符を買い求めた友人と共に、颯爽とJRの改札機にsuicaをかざしたのである。
タッチ・アンド・ゴーの世界へようこそ。
改札機の上では方面別の電光表示板が、出入りする列車の情報を刻々と流していた。

東海道線上りホームへ。
やってきたのは211系15連。
空席の目立つ上り列車のボックスに座り、東京駅へ。
車窓から田町区に休む東海道線の列車が見える。
183系、185系、E231系……
どれも松山では見られない都会の象徴だ。
反対側は山手線と京浜東北線が間断なく走っている。
田町、浜松町をのろのろ止まりながらゆっくりと走る山手線を追い抜きながら。
私は今、東京にいると、実感した。

(続く)
posted by 東村氏 at 21:46| Comment(1) | TrackBack(0) | 外遊記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月15日

9. 札幌初日

急行ハマナスの車内はなかなか寝れるものじゃない。
0607 札幌駅着、改札口を通過中に後輩と偶然遭遇、驚く

0615 札幌駅前にて友人の車に乗車。朝早くからご苦労様。
0640 市内のファミリーレストランで朝食、朝から400gのハンバーグ。
0830 実家到着、だらだらする。
昼すぎに、再度札幌駅へ。
1300発の学園都市線で新琴似へ。
そこで、先輩の車の乗車し、東区内蕎麦屋で昼食。

1500 西区円山のケーキ屋でお茶。非常に美味しい。
1600 テイネハイランドまで車で上ってみる。上りはよいが下りが幾分か怖い
1730 手稲駅で先輩と解散し、1748の区間快速で札幌駅へ。
札幌駅で友人"小"と合流。福岡旅行の人物と同一。
1830 札幌駅前で高校の友人、草月氏と合流。
1850 札幌グランドホテルでコース料理。
またエグゼクティブだぜ。
2100 解散、中学からの友人、コイル氏のカラオケへ。パぺ氏同席。
とりあえず、名古屋はええよやっとかめ、VIP☆STARを歌う。
2200 カラオケ解散、二次会へ

2300 二次会会場のガストへ到着、パフェを頼む。
色々と話す。そして眠い。
0400 友人コイルの車で帰宅
0500 就寝
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2006年03月12日

8. 弘前→青森→札幌

弘前→青森
1400まで友人宅でだらだらと過ごし、ようやく出発する。
弘前は中学の修学旅行以来7年以来の訪問である。
城下町らしくくねくねと曲がりくねった道を友人の運転で悠々と観光する。
さて、友人は今宵、サークルの追いコンがあるらしいので、その会場となる店で昼食を食べる。
すき焼き膳1000円。
久しぶりのすき焼きであった。

1625弘前発
青森へ。
701系3連
途中、日本海とすれ違う。

青森着後、八甲田丸を視察。
さらに市内散策中に切符を紛失。萎える。
てか、帰れなくなる。
移動できなくなる。
困る。

捜索の結果、途中立ち寄った百貨店で発見。回収へ向かう。

回収後、青森駅で時間を潰し、2245発の急行はまなすで札幌へ。
2150頃、トワイライトエクスプレスが入線。
さらにはまなす乗車中に北斗星、カシオペアとすれ違う。

日付変更は海の底、青函トンネル内で迎えた。


以上
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7. 宮古→弘前

0700起きる
出勤するY氏と朝食を共にし、やがてY氏が出勤する。
奥さんが車で職場に送り届けている間、お留守番となった。
とりあえず荷物をかたし、しばし猫と戯れようと想ったが、猫は私の姿を見ると逃げていってしまう。
仕方がないので書いたメモが、この1つ前の記事である。

さて、奥さんが帰ってきた。
簡単に洗濯などが終わるのを待って、リアス式海岸に連れて行って貰う。
初めに浄土ヶ浜へ。
行ってみると何とも凄い。
ああ、なるほど。これが浄土か。
※ 写真は完全版の旅行記にて

その後、海岸に沿った曲がりくねった道を進み、田老の真崎岬へ。
断崖絶壁の中の強風、急な階段。
久しぶりにちょっと危険を感じたくらい。

最後にたらふくというラーメン屋でお昼を食べる。
手打ちのラーメンと言うことで、チキンラーメンみたいな平たい麺が出てきたが、なかなか美味しい。
※ メニューはラーメン、オレンジジュース、ビールの3種類のみ。
オーダーするときは ○つ と数を言うだけで可能

1230宮古駅へ。
本当にY氏夫妻にはお世話になりっぱなしだった。
この場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました。

1257発釜石行はキハ100の2連。
約1時間ちょっとの乗車で釜石に1207着。
5分の待ち合わせで、急行はまゆりに乗車。
今度はキハ110の3連(110-111-112)。
リクライニングシートが非常に快適である。
花巻で進行方向が変わり、1630に盛岡駅に到着する。
※ 急行宗谷を想い出す。


1648発の花輪線の大館行き快速八幡平に乗車。
旧急行月山用のリクライニングシート車を期待したら、まさかの国鉄色のキハ58と東北色のキハ52。
もうこんなのに乗る機会は二度と来るまい。
国鉄型を堪能する。
1917に大館着。
上野行きの特急あけぼのを見送り、大館駅前できりたんぽを食べたいと思ったが、店がない。
何もない。
萎えた。

結局1時間30分ほど時間を潰し、弘前行き普通列車に。
入ってきたのは、先ほど盛岡から乗ってきた列車だった。
二度と乗る機会が無いと思ってから僅か3時間後にまた乗る機会が来たのである。

さて、本日の最終コース。
2151に弘前駅に到着。
だが、友人の姿が見えない。
電話してみると、まだ自宅とのこと。
萎えながら待合室で待つ。

20分ほど待って友人到着。
御料車(軽自動車)に乗り、UPFG弘前支店へ。
先に近くのスーパーで簡単に食糧を買い求め、さらに弘前大学を見る。
おお、愛媛大とどっこいどっこいだ。
校舎が見るからにボロいぞ!!

さて、微妙なコンプレックスを抱くことなく、友人宅に到着したのが2300くらいだった。

以上
posted by 東村氏 at 09:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 外遊記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

6. 新潟→秋田→宮古

0451新潟着。
5分の待ち合わせで普通列車の村上行きに。
127系6連、オールロングシーと萎える。
村上で10分の待ち合わせで酒田行きに乗換。
全線電化区間だが、キハ47-40-40の3連でボックスシートに陣取る。
うひょい。
日本海の荒波を眺めながら北へ北へと移動する。
坂田で1時間30分ほど待つ。
山形県を制覇。
未踏県はあと和歌山と沖縄を残すのみ。
今度は秋田行き
既に交流区間に入り、車両は701系だ。
またロングシートかと萎えながら東北へ。
秋田到着。
街の中を散策するがすぐに飽きる。
何もないぞ。

3時間待機。
昼食買ったり何だかんだで、時間は消費された。
次は別料金を支払って秋田新幹線に乗ってみる。
まぁ普段はこのあたりの新幹線に乗る機会もないし……
こまち24号で仙台まで約1時間30分。
さすがに快適だが、標準機在来線の悲しさか、速度はそんなに速くない印象。
1600盛岡着、1630発。
乗り換えた山田線の宮古行きは思いがけずキハ52の単行だった。
驚いて思わずNT氏にメールを送ると返事があった。

あやまれっ
常磐線でE531系から103系や403系に乗り換えている人にあやまれっ



どうみても国鉄型です。
本当にありがとうございました。


1851宮古着。
札幌でお世話になったY氏と合流、同日はY氏宅に泊めて貰う。
Y氏の奥さんが盛大なご馳走を用意していてくれた。
ちょwwwwww三陸スゴスwwwwwwwwwwwwwwwwwww
ありえないくらいに美味しい。
感動した。

その後、Y氏と様々な話題で話しつつ、0000就寝。

以上
posted by 東村氏 at 09:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 外遊記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする