2005年09月18日

山陰不要論(閑話T)

山陰新幹線の検討

Introduction
山陰新幹線という計画があるが、これが現実となった場合にどのようになるか検討してみたい。

1.路線
新大阪起点:下関終点、総延長役550kmとなる見込みである。
現在の山陰線の運行形態から、以下の各駅に起終点列車が設定されると推測される。
新福知山、鳥取、出雲市、新益田、新下関(現存)

2.運行形態
運営会社が西日本旅客鉄道(JR西日本)となる見込みから、山陰本線を参考にする。

-1
あきらめ号
運行区間:新大阪-博多(新下関-博多間山陽新幹線)
停車駅:新大阪・新福知山・鳥取・米子・新松江・出雲市・新益田・小倉・博多(小倉-博多間はひかりレールスターと併結運転)
名称の由来:のぞみ号の走る山陽新幹線区間が、日本経済上様々な面で脚光を浴びることに対する山陰地方の住民の心情を的確に象徴したもの。
←博多 <自][自][指][指][指][指][緑][指> 新大阪→

たらば号
運行区間:新大阪-新下関・博多
停車駅:各駅
名称の由来:日本海特産のタラバガニに因む
←博多 <自][自][自][自][指][指][緑][指> 新大阪→

うらきんき号
運行区間:京都・新大阪-新福知山
停車駅:各駅
名称の由来:近畿地方のうち、表舞台にあるのは主に奈良和歌山大阪京都(南部)であり、丹後地方の住人のコンプレックスを裏という接頭語で表した。
←新福知山 <自][自][自][指][指][指][緑][指> 新大阪→

ずわい号
運行区間:新大阪-米子・新松江
停車駅:各駅
名称の由来:日本海特産のズワイガニに因む
←米子 <自][自][自][自][指][指][緑][指> 新大阪→

-2
新大阪駅時刻表(下り07:00-09:00抜粋)

行先(経由) /列車名 /出発時刻 /両数 /始発
博多(山陽) のぞみ501 7:00   16  新大阪
 広 島  こだま633 7:03   6   新大阪
博多(山陰) あきらめ1 7:05   8   新大阪
博多(山陽) ひかり455 7:10   8   新大阪(レールスター)
新下関(山陰)たらば101 7:20   8   新大阪
博多(山陽) のぞみ039 7:33   16  名古屋
博多(山陽) こだま635 7:37   6   新大阪
博多(山陽) ひかり447 7:46   8   新大阪(レールスター)
新福知山 うらきんき1 7:56   8   京 都
博多(山陽) ひかり391 8:01   16  名古屋
 広 島  こだま639 8:04   8   新大阪
小倉(山陰) あきらめ3 8:07   8   新大阪
博多(山陽) ひかり449 8:10   8   新大阪(レールスター)
 岡 山  こだま641 8:26   16  新大阪
 米 子  ずわい151 8:29   8   新大阪
博多(山陽) のぞみ001 8:32   16  東 京
博多(山陽) ひかり393 8:38   16  名古屋
新 松 江 あきらめ5 8:42   16  浜 松  
博多(山陽) ひかり451 8:46   8   新大阪(レールスター)
 広 島  のぞみ041 8:58   16  東 京
 米 子  たらば601 9:00   16  三 島
posted by 東村氏 at 21:05| Comment(0) | TrackBack(1) | 主張 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月16日

山陰不要論W

4.山陰将来像論
 以上にて、山陰地区の現状について適格なる分析を行ったが、次に行うべきは山陰が将来的にどのような方向を志向するべきかという問題である。
 ここは詳細なデータに基づくシュミレーションを通じて、山陰のあるべき姿を検討していきたい。

(a)鳥取島根併合事件
 201X年8月、鳥取県議会(定数38)は選挙を行い急進派の鳥取砂丘党(神崎川総裁)が32議席を獲得した。同時に鳥取砂丘党の擁立する桂候補が鳥取県知事に就任した。
選挙に開かれた県議会で、鳥取砂丘党は島根強制併合条例を提案し、賛成多数で可決された。
 同条例の可決に対し、島根県議会ならびに島根県庁は遺憾の意を示し、対話路線を掲げ、出雲市会談(9月)にて両県知事が会談し、相互理解を深めようとしたが、両者の議論は平行線を辿るに至り、もはや対話は不要とする鳥取砂丘党執行部の強い意向に従い、11月に鳥取県警機動隊を中心とする勢力が松江市に侵攻を開始した。
 不意をつかれた島根県庁は、松江市を放棄し、臨時県庁を益田市に設けたが、年末までに鳥取県が島根県東部を実効支配する異常事態に発展した。

(b)兵庫独立戦線
 鳥取県の島根東部実効支配に刺激された豊岡(兵庫県)の過激派団体兵庫独立戦線(夙川議長)は豊岡市を首都とする兵庫県立帝国の成立を宣言、夙川議長は初代皇帝を名乗り、阪神・姫路地区を基盤とする兵庫県庁と対決姿勢を打ち出した。
 兵庫県庁は中央政府と協議の上、同帝国の成立の3週間後に県立帝国実行支配地域を兵庫県、旧兵庫県南部を新たに神戸県と分離すると発表した。こうして神戸県の成立と共に、終戦以後発の独立国として兵庫県立帝国が実行成立した事が、事実上日本政府にも認められる形となった。

(c)砂丘条約調印
 鳥取県は201Y年元旦に正式に独立を宣言し、大山陰鳥取砂丘共和国(Great Republic of San-in and Tottori-Sakyu)が成立した。同国は砂地に梨の国旗を掲げ、大山陰帝国の実現を目標とする境港宣言を採択した。鳥取砂丘党の神崎川総裁は、同国の初代大統領に就任し、さらに兵庫県立帝国と国交を結び、相互不可侵条約や共同戦線展開を主軸とする砂丘条約を締結した。
 砂丘条約により、兵庫・鳥取両県に強大な軍事自治体が出現した。神戸県庁(旧兵庫県庁)は、岡山・京都・大阪・広島の各府県と総合防衛協定を締結し、いわゆる陰陽対立体制が構築される事となった。

(d)ふくテロ事件
 201Y年3月下関駅に隣接する海峡ゆめタワー(全高153m)、赤間神社内のふくの像、新下関駅みどりの窓口が同時爆破されるという事件が発生した。同時刻に山口県庁、下関市役所に山口北部の早期独立を求める不審な電話がかけられてきた。事態を重く見た警察庁は事態の全容解明に努め、5月に山口県の山陰主義過激派団体の「萩の月」幹部の中津容疑者(24)を潜伏先の広島県新見市内で逮捕した。中津容疑者は警察の調べに対し、「今まで下関に見下されてきた山口市民の気持ちを代弁したかった」などと供述し、山陰コンプレックスがこの悲惨な事件の背後にあることが伺える。

(e)島根県庁陥落
 201Y年7月、大山陰鳥取砂丘共和国は益田市に設けれれた臨時島根県庁に対し、最終降伏勧告を発令した。しかし島根県庁はこれを断固拒否。鳥取警視庁(旧鳥取県警察本部)は3日間の猶予期間の後、島根県庁を完全に陥落されるべく島根消滅作戦を発動した。鳥取警視庁機動隊を中心とする兵力5000の師団が夜明けの益田市に侵攻を開始。物量に劣る島根県庁は必死に防戦するも元来工業化で遅れをとったせいか、午後までには勝敗の大勢は決した。
 以後、島根県庁の残党は山口県萩市に亡命島根県庁を設け、鳥取粉塵作戦などの非合法テロ路線をとり抵抗を継続する。
 
posted by 東村氏 at 17:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 主張 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

山陰不要論V

(b)山口論
 山口県は下関(西部)、山口(中部)、岩国(東部)、萩(北部)に分けられる。
このうち、西部は事実上の福岡県の支配領域、東部は広島県の支配領域とみなされる。
残された地域は特に秀でた産業がなく、わが国の産業成長に全く貢献していないという特徴がある。
 故に中部・北部の区別は天気予報の区分としてのみその存在価値を認めるものである。

 山陽地域に区分される東部及び西部は、瀬戸内工業地域の一部としてわが国の工業・産業的に重大な責任を担う地域であり、地勢学上の観点からもわが国の大動脈たる山陽線(JR)や山陽自動車道(JH)などが通り、国策上不可欠の重要地域である事が伺える。

 故に山口県は北部・中部と東部・西部に分割することが肝要であろう。



(c)兵庫北部論
 兵庫県は阪神大都市圏、姫路広域都市圏を中心とする山陽地域とそれ以外に区分される。
本稿で論ずるのは非神戸(陽性兵庫)地域とも言える陰性兵庫地域である。兵庫県全体を見ると国益貢献度調査(05年度経済産業白書)における、北部地域と南部地域の格差は全国でも上位に位置しており、県民感情の南北対立に拍車をかける一員となっている。

 兵庫県北部の中心都市城崎市では、温泉を中心とした観光産業が栄えているが、第2次産業の生産高は微々たるものであり、製品出荷はほとんど見込めない状況にある。観光産業という点では、既述の各県にもそれなりのものがあり、城崎温泉の存在を理由に兵庫県北部を他の山陰と別の位置づけで語ることは不可能である。
 故に観光産業以外に目立った産業のない兵庫県北部は、比較的裕福である兵庫県南部の足かせともいうべき存在となりつつあり、以上を踏まえると、広島・岡山両県に倣い、南北分立を図るべきが妥当であると結論付けられる。


(d)準山陰地域論
 京都府北部のうち、兵庫県境に接する地域(福知山-綾部ライン以西)は、準山陰認定がされている。この地域もまた、大きな産業を持っていないが、京都府北部は軍港都市舞鶴を有し、舞鶴市を山陰に準ずる地域と見做すことは、社会的抵抗も大きく、また山陰が中国地方北部を呼称するものであることも考慮すると京都府北部は山陰とすることは極めて問題があることと言える。
 然し兵庫・京都両府県境を越えたとたんに明確な変化が認められるものではなく、舞鶴地区まで行って始めてその差異が明確になる事から、この地域を山陰地方と同等扱いするべきとの説も、強く支持するグループが存在する。
posted by 東村氏 at 14:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 主張 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月15日

山陰不要論U

2.山陰総論(継続)
 そして最も大きなイメージとして砂丘(鳥取県)があると思うが、砂丘以上に非生産的な地域としての山陰を象徴するものは他にあるまい。砂は何も語らない。いわば石油の産出のない中東地域のようにただその土地を不毛なものにするだけである。

 以上から、山陰地方という地域は、概観において際だって評価出来る点を有さない地域であるということができる。


3.山陰各論
(a)鳥取島根同一論
 鳥取県と島根県は本質的に同一のものである。
まず鳥取県に焦点を当てて述べていきたい。
鳥取を平仮名で書くと「とっとり」である。
次に鳥取を構成する漢字「鳥」「取」に着目すると、「鳥」という字は常用(日常的使用)においては「とり」と読ませる。「取」という字は状況にもよるが「とっ」と使用する場合もあるだろう。
 つまり「鳥取」という名称は「取鳥」でも構わないのである。
ここから、鳥取という県名は取鳥と区別が曖昧になることから、県名としての固有性が揺らぐことが論証できた。


 次に島根県を論ずる。
 「島根」のうち「島」という漢字は鳥取県の「鳥」と極めて近似している。
故に「鳥根」と書かれていたとしても、よほどのサンイニスト(山陰主義者)でない限り、その差異を発見するのは困難である。
故に島根と鳥取はその名称の差異は極めて微少なものと判断するのが妥当であろう。

 ここから島根県と鳥取県は、両県が異なるということを客観的明確に論証しうる根拠にかけるといった事情が読み取れないだろうか?
仮に我々の眼前に「鳥根県」「取鳥県」「島取県」といった類の県名が提示されたとき、瞬時に正確にその過ちを指摘しうる人間は、1億2000万の日本国籍所持者のうちの少数に過ぎないのである。
 では、果たしてそこまでして困難な島根・鳥取両県を明確に区別する必要はあるのだろうか?
島根県と鳥取県は、隣接しているがその位置を勘違いするといった事例も多々報告されている。
これらの過ちの訂正は決して無償によって行われるわけではない。
例え金銭的負担は皆無だとしても、その過ちを発見し訂正するだけの頭脳労働的負担、さらには時間的負担を避けることはこの地球物理法則上不可避である。
毎回の訂正に関わるこれらの負担は微々たるものかもしれないが、それが全日本的規模、引いては全世界的規模になると相当な損失になるだろう。
考えて欲しい。
パリジェンヌにとってみれば、鳥取と島根の差などはどうだっていいのだ。

 よってこれらの損失を解消する為にも、鳥取と島根は統合され、同一のものとして扱われなければならないと言える。
posted by 東村氏 at 20:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 主張 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

山陰不要論T

Introduction
 山陰地方は、現在の日本社会において大きな役割を占めるに至らず、脚光を浴びえない立場にある。然るにこのような現状を整理し、山陰の現実像を浮き彫りとすることで山陰地方に対する理解を深めることが可能となるであろう。
そして現状を正確に理解したうえで、国益の観点から山陰はこれからどうあるべきかという点を中心に論ずるのが本稿の目的である。

1. 定義
 本稿における山陰とは以下の地域を指す。

島根県全域
鳥取県全域
山口県中部・北部
兵庫県北部

2.山陰総論
 山陰地方は俗に「裏日本」と呼ばれるように近世以後、あらゆる面において表舞台に出る事はなかった。常に裏方として歴史的に非常に軽微な役割を果たしてきたといえよう。例えば明治以後、森鴎外という傑出した文学者が山陰から誕生したが、森鴎外は青年期に東京に出た後、生涯地元に戻らなかったという。つまり森鴎外の活躍について、山陰地方そのものは大きな貢献が認められないという事である。
 山陰地方各地方についてイメージ調査を行ったところ、産業としては以下の2点が一般的にイメージが強いものである。一つは鳥取県の梨であるが、そもそもこの原産地は鳥取であるという事を忘れてはいけない。
 そしてもう一つは日本有数の漁獲高を誇る境港があげられるが、魚に県境という概念はない。ここで水揚げされる魚は公海上から日本領海内に流入したものであるかもしれないし、回遊魚であるなら、その可能性はさらに高くなるだろう。
 まとめると、魚自体は山陰の特産物ではなく、他の地域で育成されたものを水揚げしているに過ぎないのであって、その水揚港は下関(山口県東部)でも舞鶴(京都府北部)でも結果としては同じであるのだ。故に水産業を以って山陰の産業と述べる事はいささか難しいということが理解できるかと思う。(続く)
posted by 東村氏 at 17:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 主張 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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